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オリンピッククラブを再訪
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オリンピッククラブ

オリンピッククラブを再訪

2013年12月4日

サンフランシスコのオリンピッククラブを再訪しました。前回の訪問は2010年11月。

初めてのアメリカ本土へのゴルフ旅の最初のラウンドが2年後に全米オープンが開催される予定だったオリンピッククラブ。

今から考えるととても贅沢で恵まれていたと思います。

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この時は全米オープン開催コースではないほうのオーシャンコースをラウンドでしたが、オーシャンコースも素晴らしいコースでした。

プロショップで、全米オープンのロゴが入ったグッズなどを喜んで購入したのを覚えています。

そして今回は全米オープンが開催されたコースのレイクコースをラウンドします。

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写真はレイクコース8番ホール。

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敷地内には手の込んだクリスマスのデコレーションが飾られていました。

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こちらは練習場。広々として気持ちいいです。

ラウンド後、クラブハウス内を同伴していただいたメンバーさんに案内していただきました。

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オリンピッククラブの設計の歴史については前回訪問時の記事に掲載していますが、ここでもう一度紹介しておきます。

オリンピッククラブは1955年、1966年、1987年、1998年、2012年と5度、全米オープンの会場になっています。

オリンピッククラブは1860年にサンフランシスコ市内に設立されたアメリカでは最も古い歴史あるアスレチッククラブで、1918年に経営的に苦しんでいたレイクサイドゴルフクラブを買収して、ゴルフコースも所有するようになりました。その後、1924年にウィリー・ワトソンを招聘してレイクコースとオーシャンコースの2つのコースに造り変えました。(両コース共に18ホール、パー71)

オーシャンコースは開場後、地滑りにより、いくつかのホールが太平洋に沈んでしまったので1927年にサム・ホワイティングが改造・再建をしました。このときレイクコースも改造されたようです。

更にレイクコースは1955年の全米オープン開催に向けてロバート・トレント・ジョーンズ・SRの手によっても改造されたようです。

オーシャンコースはその後、1996年の嵐によりダメージを受けて2000年にトム・ワイスコフが改造・再建を行ったので両コースとも、開場当時よりかなり改造されています。

その改造の歴史のレイアウト図がクラブハウス内に飾られていたので順に紹介します。

まずはレイクサイドゴルフクラブの頃のレイアウト図(この時の設計はウィルフライド・レイド)

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こちらは1918年にオリンピッククラブがレイクサイドゴルフクラブを買収した年のレイアウト図。

セス・レイナーの写真が添えられているので一度、レイナーが改造したようです。

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こちらが1924年にウィリー・ワトソンが改造したときのレイアウト図。

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この写真は1927年にオーシャンコースの数ホールが地すべりで太平洋に沈んだ後にサム・ホワイティングが改造したときの空撮写真。

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サム・ホワイティングが改造したレイアウト図。地滑りしたオーシャンコースだけでなくレイクコースも改造しました。

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そしてこちらが1995年にロバート・トレント・ジョーンズ・シニアが改造したときの空撮写真。

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そして最後にもう1つだけ写真を。

レイクコースの10番ホールをホールアウトしたらスナックショップがあります。

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名物のホットドッグのような四角いハンバーガー。食べやすくて美味しかったです。

では次の記事でレイクコースの写真を掲載します。

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芝鳥 のぶあま

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芝鳥 のぶあま

世界25か国・932コースをラウンドしたゴルフトラベラー。食事とお酒も大好きな食いしん坊ゴルファー。

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