ゴルフバカの気まぐれブログ
藤由気さんと嘉美行さんのお墓を発見
散歩中の風景奄美大島鹿児島県

藤由気さんと嘉美行さんのお墓を発見

2010年9月20日

朝仁の海の海岸沿いにある墓地。その一角に朝野家の墓が固まっていてその区域を朝野墓と呼ばれています。

朝野家とは、小宿保育園でお話を伺った大津幸男さんの大津家の先祖の佐和郁さんの弟の佐和常さんが、朝仁村を開拓して自分で創設したようです。

 

asaniSN3J0281.JPG朝野家のお墓が並んでいました。大津さんの情報ではこのお墓の中に加勇田家のお墓があるとのこと。

朝野家と加勇田家は親族関係があったようだという話も伺いました。

お墓の中を探すと情報通り、その中にポツリと加勇田家のお墓がありました。 

asaniSN3J0278.JPGここに祖母の父親、もしくは祖父の嘉美行さんが眠っているのでしょう。お墓は比較的新しい墓石だったので、近年に建て替えられたようです。

そしてその横には、嘉美行さんの養父の藤由気さんのお墓もありました。 

asaniSN3J0280.JPG大人と刻まれています。嘉美行さんが養父を偉大な人と讃えて作ったのではないでしょうか。

息子と一緒に2つのお墓に手を合わせて、お墓参り。

奄美に来て先祖のお墓を見つけることができるとは思いもしませんでした。

 

加勇田藤良さんこと嘉美行さんは私の祖母の父なのか、もしくは祖父なのか?

大津さんからいただいた「奄美・小宿集落誌」には、名越左源太さんは1819年(文政2年)12月28日生まれで、奄美に遠島になったときは32歳と記載されています。

嘉美行さんはおそらく左源太さんより年下のはず。

私の祖母は1909年か1908年生まれ。

嘉美行さんが仮に20歳だとしたら1831年生まれ。77歳か78歳の時の子どもとは考えにくいので私の祖母の祖父の可能性が非常に高いような気がします。

そうなると私から見ると曾祖父ではなく高祖父になるのか?

 

今回の旅行を終えて、帰国してから、加勇田家について調べてみたいと思います。

大津さんからいただいた「奄美・小宿集落誌」

そして、秋田在住の加勇田家の末裔の加勇田さんの情報

このあたりから色々と紐解いて奄美の歴史を知りたくなりました。

関連記事

奄美群島フェリーと原付バイク縦断ゴルフ旅

奄美群島フェリーと原付バイク縦断ゴルフ旅

沖縄に移住した時から考えていた奄美群島フェリー縦断ゴルフ旅。 コロナ禍の中、全国同時に9月末で解除されたのでこの機会にゴルフ旅に出ることにしました。 那覇で原付

2021年10月17日

私のルーツを辿る旅はまだまだ続く

私のルーツを辿る旅はまだまだ続く

昨日で奄美群島フェリー縦断ゴルフ旅は終わったが私のルーツを辿る旅はまだまだ続いている。 私のルーツは名越左源太さんが遠島時にお世話をした藤由気の養子で、遠島後は

2021年10月17日

名瀬から那覇にフェリーで13時間かけて戻る

名瀬から那覇にフェリーで13時間かけて戻る

今日は寝過ごしてはいけません。でもその前に奄美大島を去る前にもう一軒。 二日目に11年ぶりに訪れたバーQLK。マスターに奄美博物館の館長さんを紹介していただいた

2021年10月16日

黒糖焼酎を燗で飲んでみた

黒糖焼酎を燗で飲んでみた

Bar 柊

一村で美味しい食事と亀仕込みの龍宮を堪能した後は、数日前に訪れたバー、コンセプトで軽く飲んで、他にバーないですか?と聞いたらこちらを教えてくれました。扉が開いて

2021年10月15日

田中一村から名前を付けた奄美大島の居酒屋

田中一村から名前を付けた奄美大島の居酒屋

居酒屋一村

寝過ごしで延泊した日の夕食。前から行ってみたかったお店に。 居酒屋一村 こちらのお店では、甕で寝かしている龍宮が飲めます。 お通し お任せが6品で2000円。こ

2021年10月15日

名瀬新港近くの食堂でオムライス

名瀬新港近くの食堂でオムライス

港湾食堂

名瀬ゴルフクラブの跡地を見に行った後はランチ。名瀬新港の近くにある港湾食堂に。 オムライスをいただきました。結構ボリュームあります。

2021年10月15日

コメント

コメントを残す

芝鳥 のぶあま

この記事を書いた人

芝鳥 のぶあま

世界25か国・932コースをラウンドしたゴルフトラベラー。食事とお酒も大好きな食いしん坊ゴルファー。

プロフィール詳細 →

この前後の記事

← TOPに戻る
楽天トラベル