ゴルフバカの気まぐれブログ
高祖父の藤由気が生きていた時代
散歩中の風景奄美大島鹿児島県
西郷南洲謫居跡

高祖父の藤由気が生きていた時代

2013年9月14日

奄美大島に到着。

私の祖母の腹違いの妹さんと息子さんが空港まで迎えにきていただけました。

奄美大島に再訪するきっかけは私のブログ。

2010年9月に初めて奄美を訪問して、私の祖母のルーツを探っていた記事をたまたまこの息子さんが発見されて、私に連絡がくれたことがきっかけでした。

多少、奄美や秋田に行って調べた内容と事実が違うようで直接、私の祖母の妹さんとお会いして当時のことを話をきくことができるので再訪したのです。

先祖の藤由気が住んでいて謫居した名越左源太に提供した宿跡を訪問する前に、まずは同じ時期に謫居していた西郷隆盛に関する史跡を巡りましょうということで案内してくれました。

IMG_4496

西郷隆盛が上陸した龍郷の海に。

IMG_4499

こちらが西郷隆盛が1859年に上陸したときに船を結んだ松の切り株。

IMG_4498

台風などにより劣化して現在は切り株しか残っていませんでしたが、かつては西郷松と呼ばれていたようです。

IMG_4500

そしてこちらが西郷隆盛が三年間暮らしていた西郷南洲謫居跡。

IMG_4504 IMG_4505

龍郷で暮らしているときに西郷隆盛は、龍家の愛加那を妻に迎えて、後の京都市長になる菊次郎とその妹の菊子の二人をもうけました。

IMG_4511  

龍郷では龍家が西郷隆盛の面倒をみて、その子どもが京都市長に。

朝仁では加勇田家が名越左源太の面倒を見て、藤由気が奄美初の医者となり、その孫(私の祖母)が京都に。

偶然だと思いますが、なぜ若い年頃の娘だった祖母が京都に出たのかなど引き続きいろいろと調べてみたくなりました。

関連記事

奄美群島フェリーと原付バイク縦断ゴルフ旅

奄美群島フェリーと原付バイク縦断ゴルフ旅

沖縄に移住した時から考えていた奄美群島フェリー縦断ゴルフ旅。 コロナ禍の中、全国同時に9月末で解除されたのでこの機会にゴルフ旅に出ることにしました。 那覇で原付

2021年10月17日

私のルーツを辿る旅はまだまだ続く

私のルーツを辿る旅はまだまだ続く

昨日で奄美群島フェリー縦断ゴルフ旅は終わったが私のルーツを辿る旅はまだまだ続いている。 私のルーツは名越左源太さんが遠島時にお世話をした藤由気の養子で、遠島後は

2021年10月17日

名瀬から那覇にフェリーで13時間かけて戻る

名瀬から那覇にフェリーで13時間かけて戻る

今日は寝過ごしてはいけません。でもその前に奄美大島を去る前にもう一軒。 二日目に11年ぶりに訪れたバーQLK。マスターに奄美博物館の館長さんを紹介していただいた

2021年10月16日

黒糖焼酎を燗で飲んでみた

黒糖焼酎を燗で飲んでみた

Bar 柊

一村で美味しい食事と亀仕込みの龍宮を堪能した後は、数日前に訪れたバー、コンセプトで軽く飲んで、他にバーないですか?と聞いたらこちらを教えてくれました。扉が開いて

2021年10月15日

田中一村から名前を付けた奄美大島の居酒屋

田中一村から名前を付けた奄美大島の居酒屋

居酒屋一村

寝過ごしで延泊した日の夕食。前から行ってみたかったお店に。 居酒屋一村 こちらのお店では、甕で寝かしている龍宮が飲めます。 お通し お任せが6品で2000円。こ

2021年10月15日

名瀬新港近くの食堂でオムライス

名瀬新港近くの食堂でオムライス

港湾食堂

名瀬ゴルフクラブの跡地を見に行った後はランチ。名瀬新港の近くにある港湾食堂に。 オムライスをいただきました。結構ボリュームあります。

2021年10月15日

コメント

コメントを残す

芝鳥 のぶあま

この記事を書いた人

芝鳥 のぶあま

世界25か国・932コースをラウンドしたゴルフトラベラー。食事とお酒も大好きな食いしん坊ゴルファー。

プロフィール詳細 →

この前後の記事

← TOPに戻る
楽天トラベル