奄美に到着して西郷隆盛にまつわる史跡を見学した後は、我が祖先の藤由気や嘉美行こと加勇田藤良が住んでいた自宅跡に向かうことに。
移動している車中でもいろいろと先祖の話を聞かせていただいて、今まで私が聞いてきた話や数々の書籍に記載されている家系図は実際に若干違うことが判明しました。
以前のブログでは藤由気の養子が嘉美行で嘉美行が名越左源太が鹿児島に復帰する時に同行して鹿児島で医学を学び、奄美に戻って奄美初の医者となったと言われていると書きましたが、実際は藤由気の別名が嘉美行で藤由気が奄美初の医者、加勇田藤良だったというのが事実のようです。
その藤由気が養子にもらったのが加勇田清七で、清七とアキチヨの娘が私の祖母のチヨだということがわかりました。
つまり藤由気は私からみて高祖父にあたるようです。
そして今回、奄美で出迎えていただいた久美子さんは清七の後妻のテイさんとの間に生まれた私の祖母とは腹違いの妹さんにあたることもわかりました。
そんな話を聞きながら小宿にある藤由気や名越左源太が住んでいた居住跡に到着しました。前回の訪問では見つけることができなかった場所です。
今は誰も住んでおらず、当時使用されていた井戸や庭などがそのまま残っていました。
もしかしたら祖母も幼少の頃、この庭で遊んでいたことがあったのかもしれません。



















