序章.エメラルドの島、アイルランドへ
世界中の名コース巡りを始めて6年目に入った。
世界中の様々な時代のコースをラウンドしてきて、満を持して1年前にスコットランドにゴルフ旅に。
スコットランドのリンクスを訪れた時の感動はずっと鮮明に心に残ったままだ。
スコットランドへの旅を終えて、すぐに一年後の同じ時期のゴルフ旅の目的地をアイルランドに決めた。
スコットランドがあるグレートブリテン島のすぐ西のアイルランド島にも素晴らしいリンクスがあると言われてるのが決めた理由である。
アイルランドは緑が豊かな島でエメラルドの島とも呼ばれている。

アイルランドはイギリス領の北アイルランド周辺の島の北部のアルスター、ダブリンを含む島の東部のレンスター、島の北西部のコノート、島の南西部のマンスターの4つの地方に分かれている。
旅の行程は、アイルランド共和国の首都ダブリンから始まり、国境を越え、北アイルランドのアルスター地方へ、再びアイルランド共和国に戻り、東部のレンスター地方。そして南西部のマンスター地方からコノート地方と移動して最後にダブリンに戻るという15泊の行程だった。
ラウンドしたゴルフ場は、ジ・アイランド、ロイヤルカウンティダウン、ロイヤルポートラッシュ・ダンルース、カウンティラウス、ヨーロピアンクラブ、Kクラブ、マウントジュリエット、オールドヘッド、ウォータービル、トラリー、バリーバニオン・オールド・カシェン、ドゥーンベッグ、ラヒンチ・オールド、カウンティスライゴー、ロイヤルダブリンと17ラウンドしてきた。
(※この旅は2016年に訪れたアイルランドへのゴルフ旅を読みやすくまとめなおしました。スマホの場合は縦画面だとゴルフコースの写真のキャプションが画像に被ることがあるので、その場合は横画面にすると写真が見やすくなります。)
今回の旅で移動したルート
アイルランドとイギリスの歴史的な関係を簡単にまとめておく。
アイルランドは12世紀からのイングランドの侵攻により部分的な支配が続き、1541年以降はアイルランド王国と名乗るが実質はイングランドの支配下に置かれたままで、17世紀後半には完全にイングランドの属国になった。そして1801年には合同法によりグレートブリテン及びアイルランド連合王国としてアイルランドはイギリスに完全に併合された。
そして1922年にアイルランド島の全32州のうち南部、西部の26州が連合王国から分離して、アイルランド自由国を建国し、1937年に憲法公布、1949年にアイルランド共和国を宣言するまで7世紀もの間、イギリスの支配を受けていた。

TRAJAN 117 This W3C-unspecified vector image was created with Inkscape ., CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
このようにアイルランドは王国と名乗ってはいたが、実質はイギリスの植民地のような扱いを受け、アイルランド島で生産された小麦・オート麦や家畜はイギリスに輸出され、アイルランド国民は観賞用として導入されたジャガイモを主食にせざるを得ない状況に追い込まれていた。
そんな中1845年から5年程続いた、ジャガイモの伝染病による不作で起こったジャガイモ飢饉と呼ばれる大飢饉の間もイギリス本国からの支援も得られない厳しい生活を送り、飢餓で150万人が病死し、200万人が国を離れた。

Kathrina Schmidt, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons
一方、ゴルフは17世紀初頭から始まったアルスター地方へのイギリスの移民政策でアイルランドに伝わった。最初はイギリスからの移民した者だけの楽しみだったものがアイルランド人のゴルファーも増えて1927年には第一回のアイリッシュオープンが開催。1947年にはアイルランド人が初優勝とアイルランド人にもゴルフ文化が広がっていき、現在、アイルランドではゴルフは「スコットランドからの贈り物」とまで言われるようになっている。
1998年にベルファスト合意により和平が成立し、イギリスとの関係は安定はしてきているが、過去の歴史を辿ると複雑な関係の両国ではある。
1章.アイルランド共和国の首都ダブリン
アイルランド初日
着陸前にジ・アイランドゴルフクラブとポートマーノックホテル&ゴルフリンクスを機内から見ることができた。
写真左の中央に見える砂嘴にあるのが、明日、ラウンドするジ・アイランドゴルフクラブ。
写真右がポートマーノックホテル&ゴルフリンクス。最終日の午前中にラウンド予定だったが、前日の夜にレンタカーにトラブルが発生し、こちらのコースはラウンドすることができなくなった。(設計:ベルンハルト・ランガー、開場:1995年)


今日から16日間のアイルランドゴルフ旅がいよいよ始まる。
ダブリン市内のホテルにチェックイン。アイルランド初日のディナーはギャラハーズ・ボクスティハウス。
アイルランドのビールと言えばギネスだが、ギネスはこの後、ダブリンで一番美味しいギネスが飲めるバーで楽しむので他のビールをオーダー。
まずは最初の一杯は、マーフィーズアイリッシュレッド。マーフィーズはアイルランドの南にあるコークの醸造所なのでダブリン市内では飲めるお店が限られているようだ。モルトの風味を楽しめるレッドエールだった。
今夜は、北部の田舎料理のボクスティとダブリン名物のダブリンコドルをいただくことにした。
ダブリンコドルはポークソーセージとベーコンとポテトのスープ




2杯目はスタウトのビーミッシュ。こちらも南部のコークで醸造されている。南部ではギネス以上に人気のあるスタウト。
ボクスティはジャガイモのパンケーキ。アイルランド北部や内陸部で食べられていた郷土料理。じゃがいものパンケーキの間には牛肉が挟まれていた。ソースはマッシュルームとアイリッシュウイスキーの黒コショウ風味のソース。
ボクスティ(Boxty)という名前由来はアイルランド語のarán bocht tí(貧しい家のパン)からつけられている。
デザート代わりに、コーヒーリキュールのティアマリアにベイリーズをトッピングしたベイビーマーフィーズ。ベイリーズはアイリッシュウイスキーを使用したクリーム系のリキュールで私は自宅で、時々コーヒーに入れて飲んでいる馴染みのリキュールだ。




この後は少し散歩してから、べルリンで一番美味しいギネスが飲めると言われているパブに行ってみることにする。
ダブリン市内のテンプルバーと呼ばれるダブリンの文化・芸術の発信地区を散歩してみた。
テンプルバーの名前の由来は16世紀にこの地区を所有していたテンプル卿の名前から呼ばれるようになった。ちなみに、テンプルバーのバーは酒場のバーではなく、川沿いという意味のバーである。
アイルランド銀行の旧本店は、1792年に建てられてアイルランド自治議会の議事堂として1800年に大英帝国に併合されるまで使用されていた。
アイルランドの街を歩いて気づいたのがとにかく花が多い。ダブリンだけでなくこの後2週間アイルランド中を巡ったが、どこの町も花が多かった。




アイルランド初日の夜の締めはダブリンで一番美味しいギネスが飲める1782年創業、アイリッシュパブのマリガンズに。




お店は常に満席。音楽が流れているわけでもなく、料理もなく、あるのはお酒とスナック類のみ。

これがパーフェクトパイントと呼ばれる最も美味しい注ぎ方をしたギネス。注いでから2分ほど待って泡が集まってから飲むのが美味しい飲み方。ここから、もう少し待つのがベスト。
クリーミーでまろやかな最高のギネスだった。
翌日からアイルランド島内を2週間かけて一周するのだが、ダブリンに戻ってきた最後の日にも、この一杯の味が忘れられずに再訪。この時は昼過ぎだったので客も少なく空いていた。
いつかダブリンに戻ってきたら、必ずこのパブに最高のギネスを飲みにやってくると思う。
アイルランド2日目
アイルランド2日目。
今日はアイランドゴルフクラブを昼からラウンド。時間があるのでドライブに。
ダブリンから南に海沿いに移動。最初に到着したのはダンレアリーという港町。
アイルランドの主要港のひとつで、ウェールズのホーリーヘッドに向かうフェリーが運航されている。続いて、ジェイムス・ジョイス・タワーに。この塔はマーテルロータワーとも呼ばれてナポレオンの侵略に備えてイギリス軍が建てた見張り台でアイルランドの東側に15か所建てられた。




塔の横にはフォーティーフットビーチという海水浴場があり、朝早くて寒いのに海水浴をしている人たちがたくさんいた。アイルランドのお年寄りが泳いでいた。アイルランドでは冬でも泳いでいる人がいるらしい。特にクリスマスには寒中水泳の伝統があるのだとか。
タワーはアイルランドの作家のジェイムス・ジョイスの博物館として使用されていて、彼が執筆したユリシーズにもこの塔での出来事が出てくる。
もう少しだけ南に向かい、ドーキーという町に到着。
この町で朝食をと思ってやってきたが、朝食が食べれそうなお店を見つけることができず、ダブリン市内に戻って朝ごはんを食べることにした。
朝食はダブリン市内のクイーンオブタルツというカフェで。
スモークアイリッシュサーモン・スクランブルエッグ添えに自家製のソーダブレッドをいただいた。
ソーダブレッドはアイルランドの伝統的なパンで、イースト菌の代わりにベーキングパウダー(重曹)を使用して発酵させずに短時間で製造するパンである。食感はパサパサとしたパンだった。




朝食の後は、アイルランド最古の大学のトリニティカレッジに行ってみた。
1592年にエリザベス1世によって創設された。
こちらのオールドライブラリーの中に転じされているケルズの書を見に行ってみた。




ケルズの書は撮影不可だったので六日後にラウンドしたKクラブのクラブハウスの中にケルズの書のレプリカが展示してあり、こちらは自由に撮影してもよかったのでその写真を掲載しておく。
ランチは、テンプルバーの中にあるオシェイズ・トラディショナルアイリッシュレストランというアイルランド料理屋さんに。
アイリッシュシチューをオーダー。
マトンやラムとジャガイモ・にんじんなどの野菜を水からじっくりと煮込んだシチューで、しっかり羊臭さがあるシチューだった。
私は好きだが、羊臭さが苦手な方はダメかもしれない。
そろそろゴルフの時間なのでゴルフ場に向かう。
世界一狭いフェアウェイがあるリンクス
アイルランドゴルフの第1ラウンドは、ジ・アイランドゴルフクラブ。
開場は1890年。最近の研究では1898年または1899年の可能性もあるという。
コースのオリジナルの設計者は不明だが、フレッド・ハウツリーとエディ・ハケットが改造し、その後、マーティン・ハウツリーも改造して現在の状態になっている。
アイランドゴルフクラブと名付けられているが島ではなく、海流により運ばれた砂が長年に渡り堆積して作られた砂嘴(さし)に造られている。今はゴルフコースには車でたどり着けるが、1973年まではボートでしかアクセスできなかったようだ。
マラハイドという対岸の町からゴルフ場に行くのにボートを使って島に渡るように移動していたので、そのように名づけられたのだとか。
クラブのロゴマークにもボートの絵が描かれている。
このゴルフクラブはロイヤルダブリンゴルフクラブの民間人のメンバー10名が立ち上げた。当時のアイルランド島のゴルフコースはイギリス軍がほとんど関係していて日曜日は民間人のメンバーはラウンドできない不自由さがあった。ロイヤルダブリンもその1つだった。民間人も日曜日に自由にラウンドできるゴルフクラブを作ろうということで立ち上げたのがこのゴルフクラブである。


古いクラブハウスはマラハイドから渡る船が着岸しやすいように岬の突端に造られていたが、1973年に道路が整備されてクラブハウスが現在の位置に移動してホールナンバーがずれて今のレイアウトになった。


現在の13番ホールがかつての18番ホールで現在の14番ホールがかつての1番ホールとローテーションするようにずれていて、現在の14番ホールは距離の短いパー4で右は入り江。世界一狭いフェアウェイのホールと言われてる。


スタートホールから方向性を気にしながら慎重になる旧1番ホールはスコットランドのプレストウィックGCの右サイドがすぐに線路の1番ホールを思い出した。
アイルランド二日目の夜はテンプルバーにあるアイルランド料理のザ・シャックレストランに。
喉を潤すために冷えたバルマーズアイリッシュサイダー(シードル)を。
今夜はアイルランド料理のベーコン&キャベツをいただいた。
ベーコンというよりハムのような分厚いベーコンと茹でたキャベツにパセリ入りのクリームをかけた食べ物。
これが本当に美味い。お気に入りのアイルランド料理の1つになった。
二杯目は、オハラズ・スタウト。しっかりとローストされた香りがした。




2章.アルスター地方の北アイルランドへ
アイルランド3日目
今日から、アイルランド共和国から島の北部のアルスター地方にあるイギリス領の北アイルランドに移動して二泊する。まずは北アイルランドに移動する前に朝食。
ダブリン市内のリフィー川の北にあるザ・ラヴィンスプーンに。店内には絵画が展示されていて購入することもできる。
朝食はアイリッシュブレックファスト。
去年のスコットランドでは朝食にスコティッシュブレッグファストを何度か食べた。
スコティッシュブレックファストとの違いはホワイトプディングがスコティッシュにはなく、アイリッシュにはあり、ハギスがスコティッシュにあり、アイリッシュにはない。




ホワイトプディングはブラックプディングの血が入ってないバージョンで豚の内臓と豚肉、オートミールで作った白いソーセージだった。それにポテトケーキも。ポテトケーキは初日に食べたボクスティのプレーンなジャガイモのパンケーキ。
北アイルランドに向かう途中アイルランド共和国にあるタラの丘という場所を訪れてみた。
かつて、ここタラの丘は古代ケルト人の政治や宗教の中心地だったらしい。
アイルランドの伝説の王たちが存在していた聖地としてアイルランド人の心の故郷にもなっている場所。
墓地を通過して進むと広い丘の上に。アイルランドの国土の70%を見渡せるとも言われているタラの丘。
風と共に去りぬに登場するアイルランド移民のスカーレット・オハラが父親と語る「タラ」というジョージア州のどこかにあるという設定の架空の農園の地名は、このタラの丘からきているのだとか。




丘の上にはケルト文化の象徴ともいわれているケルト十字が。
そしてタラの丘で一番高い場所には運命の石(右側)と呼ばれる石があり、王を決めるときにこの石を触り、石が震えたものが王になったという言い伝えがある。
更に北上して、北アイルランドに向かう。
北アイルランドの最大の都市であり首都でもあるベルファストに到着。

到着して街を歩いてみて思うのはアイルランド共和国の首都ダブリンで歩いている人達よりファッショナブル。
ダブリンはファッションも素朴だったが北アイルランドはオシャレな人が多い。
昼から今回の旅で一番楽しみにしているロイヤルカウンティダウンをラウンドする予定だが、時間があるのでゴルフ場から30マイル北にあるベルファストにきてランチを食べることにした。
目的のお店は、当時、北アイルランドで唯一、ミシュランの星を獲得しているシェフのマイケル・ディーンが経営しているディーンズエイピックというレストラン。
エイピックは、ランチは金曜日しか営業しておらず、今日は月曜日なので、その隣で系列でランチ営業しているディーンズラブフィッシュで食べることにした。
ビールはディーンズが醸造しているDEANES 1993を。
二杯目はヤーズマンという北アイルランドのラガービールをいただいた。どちらのビールもすっきりしていて日本人好みのビールだった。
まず今日のスープのトマトのスープ。これがほどよい酸味で美味しい。
ムール貝、地元のサイダーで蒸していて、濃厚。フランスのモンサンミッシェルで食べたムール貝もシードルで蒸していて美味しかったのだが、ムール貝は白ワインよりシードルやサイダーなど林檎の発泡酒で蒸すほうが合うと思う。
デビルドクラブ&スイートコーン、ほぐした蟹身とコーンを和えたオープンサンド。
シトラス&ジョーボックスジン・キュアード・トラウト、これが素晴らしかった。
シトラスとJawbox ginという北アイルランドのジンで風味付けしたトラウトでとにかく爽やかだった。
次回、ベルファストに来ることがあれば隣のエイピックにも食べに来てみたいと思う。
ランチを終えて、これからロイヤルカウンティダウンに向かう。
オールドトムとコルトが造り上げた北アイルランドにある世界一のリンクス
アイルランドゴルフ旅の第2ラウンドは北アイルランドのニューカッスルにあるロイヤルカウンティダウンゴルフクラブ チャンピオンシップリンクス。
(※ロイヤルカウンティダウンにはもう1つ、アンズリーリンクスという距離が短いコースもある。)
1889年3月、ベルファストとニューカッスルを結ぶ鉄道の駅のそばに海沿いのリゾートコース(9ホール)として、カウンティダウンゴルフクラブの名前で開場。
同年の7月にトム・モリスが来場し、わずか4ポンドの報酬で追加の9ホールを設計し、18ホールに拡張。
1908年にはハリー・バードンが改造を行い、同じ年にエドワード7世がロイヤルの称号を授けて現在の名前に。
そして1926年にはハリー・コルトが改造し、この時に世界的に評価の高い4番、9番ホールも誕生した。(4番、9番はThe 500 World’s Greatest Golf Holesに選出されている。)
米国ゴルフマガジン社が発表しているTop 100 Course in the Worldに初回の1983年から最新の2023年までずっとランクインしている。最高位は3位(1983年)。
そして米国のゴルフダイジェスト社の最新のランキングでは1位にランキングされている。
私は、この時点で世界中の700コース以上ラウンドしてきているが、自分がNo.1だと思うコースはペブルビーチだったが、そのペブルビーチを抜かし、ロイヤルカウンティダウンは、私のNo.1のコースになった素晴らしいリンクスだった。
おそらくこの私の1位を奪うコースは、サイプレスポイントぐらいしかなさそうな気がしている。


4番ホールは200ヤード以上ある距離のある打ち下ろしのパー3でThe 500 World’s Greatest Golf Holesに選ばれていて、The Most Scenic HolesとThe Most Penal Holesの18ホールの中の一つにも選ばれている。


9番ホールの距離のあるパー4はThe 500 World’s Greatest Golf HolesのThe Eighteen(ベスト18ホール)に選ばれていて、The Single Best Holes by Number(世界中の全ての9番ホールの中でベストホール)、The Longest Holes(素晴らしいロングホール)、The Best Mountain Holes(素晴らしい山を感じることができるホール)、The Best Links Holesの18ホールの中の1つにも選ばれているホール。
9番ホールのティーイングエリアに立つとフェアウェイの先の正面に見える壮大なモーン山脈を借景にしたダイナミックなレイアウトに感動を覚えた。


過去、私がラウンドした700コースの中で一番ダイナミックなコースで「地形を活かしたコース」とはこのコースの事を言うのだと思った。
しかし、写真で見るとそこまでダイナミックに見えない。
また、私は海が見えるコース、海が近くに感じることができるコースが大好きで、ロイヤルカウンティダウンも海は見えるし近いが、海岸線沿いはデューンで海が見えるわけでもなく、海越えがあるわけでもなく、過去にラウンドしたコースでもっと海を感じることができるコースは他にもたくさんあったが、それでもやはりロイヤルカウンティダウンは私の中でNo.1のコースなのだ。
その素晴らしさは写真では伝わらなくて、このコースを訪れてショットをして歩いて初めてその壮大さ、楽しさを理解できると思うので、ぜひ機会を作ってラウンドしてほしいなと思う。
ロイヤルカウンティダウンをラウンドを終えた後は夕食。
今夜、宿泊するホテルがオススメのグレートジョーンズというレストランで。
最初の一杯は北アイルランドの醸造所のモーンマウンテンブリュワリーのモーンミスト。フローラルな香りと苦みのバランスがいいピルスナーだった。
この日のメインはモーンラムというアルスター地方で育てられた羊のランプのステーキ。アイルランドでは羊の肉が良く食べられていて輸出量も世界4位で羊の生産が盛んである。
夕食を終えた後はロイヤルカウンティダウンGCのすぐ隣のホテルのスリーブドナルド・リゾート&スパにチェックイン。
時間は23時半。軽く一杯だけホテルのバー、チャンプリンズバーで飲んで寝ることにした。




アイリッシュウイスキーのレッドブレスト12年。
アイリッシュウイスキーの特徴は三回蒸留で、このレッドブレストはその中でもシングルポットスチルという伝統的な製法で造られている。
シングルポットスチルとは、スコッチウイスキーや現在のアイリッシュウイスキーのモルトウイスキーがモルトのみを原料とするに対して、モルトと未発芽の大麦を原料として三回蒸留するウイスキーで、モルト100%ではないので糖化に時間がかかり、アイリッシュウイスキー独特のオイリーさが生まれる。
これぞ、真のアイリッシュウイスキー。
アイルランド4日目
北アイルランドのニューカッスルに宿泊した翌朝。
朝の散歩の後、朝食を宿泊したスリーブドナルド・リゾート&スパでいただいた。
アイルランドの地元の人たちは、アイリッシュブレックファストのことをアイリッシュフライ、もしくは単にフライと呼んでいる。
アルスター地方のフライはアルスターフライと呼ばれていて、アイリッシュブレックファスト(アイリッシュフライ)との違いはソーダファール(ジャガイモのパン)がついていてアイリッシュフライよりボリュームがあるようだ。




今日は北アイルランドの北側のポートラッシュに移動する。
北アイルランドを北上してポートラッシュへの移動途中にブッシュミルズ蒸留所に到着。
ブッシュミルズは創業1608年で世界最古の蒸留所と言われている。
蒸留所でしか購入できないブルーのラベルのシェリー樽で12年寝かしたブッシュミルズを試飲して、お土産にボトルを1本購入した。




ロイヤルポートラッシュに到着。まずはクラブハウスで昼食を。
左から二つ目にMagners(マグナーズ)と書いてあるアイリッシュサイダーがあった。
聞いてみるとアイルランド共和国で販売しているBulmers(バルマーズ)と一緒でイギリス領で販売する時には商標の問題でマグナーズの名前で販売しているのとのこと。
私がいただいたのはポートラッシュの地ビール、Sorley Boy’s Stashのゴールデンエールを。
去年のスコットランドでは食べまくったフィッシュアンドチップスをオーダー。アイルランドでももちろんよく食べられている。
ゴルフのティータイムまでまだ時間があるので近くのダンルース城という古城に来てみた。
この付近を治めていたマクドネル家の居城だった。ドラマチックなロケーションは映画のロケ地や、撮影で人気で「ナルニア国物語」ケア・パラベル城のモデルと言われている。
68年ぶりに北アイルランドで全英オープンが開催されたコース
アイルランドゴルフ旅の第3ラウンドは北アイルランドのポートラッシュにあるロイヤルポートラッシュゴルフクラブ・ダンルースコース。
1888年に9ホールでザ・カントリークラブという名前で開場。翌年に18ホールに拡張。1892年にヨーク公がパトロンになりザ・ロイヤルカントリークラブと名前を変更。1985年にエドワード7世がパトロンになり、ロイヤルポートラッシュゴルフクラブの現在の名前に。1909年に36ホールに拡張。
1929年にハリー・コルトが大改造を施し、ダンルースコース、バレーコースとほぼ現在のレイアウトに。
1946年に土地の問題でダンルースコースの1番ホールと18番ホールがなくなり、3番ホールが1番ホールに、2番ホールが18番になり、新たに現在の8番、9番ホールが追加された。
そして、1951年に全英オープンがイギリス本土以外で初めてロイヤルポートラッシュのダンルースコースで開催された。
その後も会場はスコットランドとイングランドのコースのみで、ウェールズでも北アイルランドでも全英オープンは開催されてなかったが、2019年に68年ぶりに再びロイヤルポートラッシュで開催された。
米国ゴルフマガジン社が発表しているTop 100 Course in the Worldに初回の1983年から最新の2023年までずっとランクインしている。最高位は12位(2007年など複数年)。
5番ホールはホワイトロックスと呼ばれている小さな小島に向かって打ち下ろす右ドッグレッグのパー4で気持ちの良いホールだった。


14番ホールは距離のある202ヤードの打ち上げのタフなパー3でThe 500 World’s Greatest Golf HolesのThe One Hundredに、そしてThe Most Penal HolesとThe Best Links Holesの18ホールの中の1つに選ばれている。
向かい風の中、ドライバーを握ってグリーンに乗せれたのは良い思い出だ。


ハリー・コルトの最高傑作の1つと言われており、その通り素晴らしいコースだった。
ロイヤルポートラッシュでのゴルフを終えてポートラッシュの町のホテルにチェックイン。
夕食はポートラッシュの港のそばのラモアーワインバーというレストランで。
ドリンクはカウンターでキャッシュオンでその場で支払ってテーブルに自分で持っていくスタイル。
ラモアーフィッシュパイ、バタードノースアトランティックコッド、シーフードテルミドールなどいただいた。
シーフードテルミドールは、モンクフィッシュ、スキャンピ、プラウン、コッド、サーモンにロブスターソースをかけてオーブンで焼いた料理だった。どれも料金が安くて美味しかった。
食事の後はハーバーバーに。
ブッシュミルズの見慣れないボトルがあったのでオーダー。その後も二軒ほどバーをハシゴ。ヘベレケで眠りについた。




アイルランド5日目
北アイルランドのポートラッシュに宿泊した翌日。今日は再び国境を越え、アイルランド共和国に戻り、カウンティーラウスまで移動する。
その前に北アイルランド観光に。ブッシュミルズの村を通過。ザ・ダイヤモンドと呼ばれる村の中心の交差点にある戦争記念碑は第一次世界大戦の時に国に命をささげた兵士の像である。
最初の目的地は世界遺産に登録されている六角柱が並ぶジャイアンツコーズウェイ。
ジャイアンツコーズウェイはアイルランドの巨人フィン・マックールがスコットランドに住む巨人を迎え撃つために造った巨人の通り道という伝説がある。
六角形の形をした岩はマグマが冷えて固まるときにでき、柱状節理と呼ばれている。




続いて訪れたのはキャリック・ア・リード吊り橋。ジャイアンツコーズウェイから東に10kmほど移動。
断崖に囲まれた岬とキャリック島という小島を結ぶ吊り橋を渡ってみた。
3章.再び、アイルランド共和国に(レンスター地方)
再び、アイルランド共和国に戻ってきた。今日からしばらくは島の東部のレンスター地方でゴルフをする。
ボイン川の河口に造られたバルトレイとも呼ばれているリンクス
アイルランドゴルフ旅の第4ラウンドは、アイルランド共和国のラウス州にあるカウンティラウスゴルフクラブ。
1982年に創立。
アイルランド史で外すことができないボイン川の戦いが行われたボイン川の河口に造られたリンクス。元々はドローエダに住んでいたG・H・ペントランドとスコットランドの銀行を引退したギルロイの二人がボイン川の河口の南側のモーニントンに数ホール造ってゴルフを楽しんでいた。しかし、住民の了解を得ていなかったのでボイン川を渡った北側のバルトレイにゴルフコースを造ったのが始まり。


そのため、地元の人達にはカウンティラウスと呼ばれるよりバルトレイという名前で親しまれていて、アイルランド国内では6位にランクインされている。
バルトレイに最初、スコットランドのプロゴルファーがコースを設計し、1914年にはN・ハリガンとセシル・バークロフトが改造。そして1938年にはトム・シンプソンが改造して現在までほとんど変わらない状態。(その後もドナルド・スティールとトム・マッケンジーが軽微な修正はしている。)


バルトレイは、オーソドックスでクラシカルなリンクスでロイヤルカウンティダウン、ロイヤルポートラッシュと気分が高まるコースでのラウンドが続いたので落ち着いてラウンドできるちょうどよいコースだった。
カウンティラウスGCでのラウンドを終えると19時半。夕食をクラブハウスでいただくことにした。
ラウンド前のランチにはバッファローウイングをいただいたのだが、甘辛くて美味しかったので夕食も期待していたが、期待以上の美味しさだった。
ビールはアイリッシュエールのラウンドストーン。これが食事によく合った。この旅でギネス、スミティックスと同じぐらい飲んだビールになった。
メインはダックロースト。皮がパリッと焼けていてオレンジソースともよく合い、とても美味しくいただけた。
これから南に170㎞移動してウィックロー州のホテルにチェックインする予定。
約二時間のドライブ、チェックインは日付が変わるころになりそうだ。
ラウス州を後にして南に移動。ウィックロー州のアークローの山の中にある1608年から営業しているウッデンブリッジホテル&ロッジにチェックイン。ウィックローは18世紀の頃、イギリス人が別荘を構えていた土地で日本でいう軽井沢のような場所である。
チェックインしたのは日付がちょうど変わった頃。明日は8時出発。軽く飲みにホテルのフォーベールズバーに。
軽くのはずが、地元の常連さんと意気投合してしまい、いろいろとご馳走になり、3時半まで飲んでしまった。
地元のビール、ウィックローブリュワリーのウィックローHellesで。ビールの後はアイリッシュウイスキーをいただくことに。
まずはパワーズ。元々は1791年にダブリンで創業したジョンパワー社のジョンズレーン蒸留所で造られていたアイリッシュウイスキー。アイルランドで人気の銘柄。1975年にはジョンズレーン蒸留所は閉鎖されて新設されたミドルトン蒸留所に移転。力強いアイリッシュウイスキーだった。
続いてティーリング シングルモルト。1987年にクーリー蒸留所を立ち上げたティーリングファミリーのジャック・ティーリングが新しく2012年に立ち上げたボトラーズ。5つの樽のモルトをバッティングした心地よい樽香のアイリッシュウイスキーだった。
そしてバックバーを見ると上段に見慣れないグレンダロウというアイリッシュウイスキーを発見。シングルモルトなどもあったが、グレンダロウ ダブルバレルというシングルグレーンに。最初にバーボン樽、その後にオロロソシェリー樽で熟成したアイリッシュウイスキー。
次にアイルランドならではのお酒を探しているとアイリッシュジンのチラシを発見。
Wexford社のBlack Water StrawberryというストロベリーフレーバーのアイリッシュジンとアイリッシュトニックのPoacher’sを使ったジントニックをオーダーしたらイチゴをカットしていれて作ってくれた。苺の素敵な香りがするジントニックだった。
カウンターの中に入らせてもらい、珍しいアイルランドのお酒がないか物色。
60度のグレンダロウがあったのでいただいた。飲んだ感想は、黒糖焼酎の原酒に更にパンチを効かせたようなスピリッツ。これが美味い!!
そして、先ほどいただいたグレンダロウの色違いラベルなのでアイリッシュウイスキーだと思っていたのだが、アイリッシュウイスキーではなかった。
実はアイルランド最終日にわかったのだが、かつて密造酒だったポチーンであることがわかった。(よく見るとラベルにもPOITINと書いてあった)
そのポチーンの話は10日後の最終日で紹介する。
その後もいろんなアイリッシュのリキュールなどを試飲させていただいた。
その中にアイルランド産のクレームドミントを発見。クレームドミントを使ったアイルランドの国花の三つ葉のクローバーをイメージしたシャムロックというカクテルがある。
意気投合してずっと一緒に飲んでいたアイルランド人に「アイルランドの国花のシャムロックという名前のカクテルを知っているか?」と聞くと、知らないということなのでレシピを教えるとカウンターに入り、特別に作ってくれた。どうやらずっと客だと思っていたらバーの従業員だった。
アイルランドで飲むシャムロック。滞在中に飲んでみたいと思っていたので大満足。
そして、3時半まで飲み、倒れるように寝て目覚めたら起きたら7時50分!!
集合時間の10分前、なんとか遅刻せずに間にあった。。
最高の夜だった。
アイルランド6日目
設計者兼オーナーが日々改造を続けて進化しているリンクス
アイルランドゴルフ旅の第5ラウンドは、アイルランド共和国のウィックロー州にあるヨーロピアンクラブ。
開場は1987年と新しいリンクスだが、米国ゴルフマガジン社が発表しているTop 100 Course in the Worldに2003~2017年の間、ランクインしていた。(最高位は2007年の78位)
設計はパット・ルディ。
パット・ルディはいくつかのリンクスの設計をしていく中で自分の集大成の理想のリンクスを造るためにアイルランドの海岸線をヘリコプターを飛ばし、この地を見つけた。
そして自分がオーナー兼設計家としてコースを開場し、このリンクスに常駐して日々、改造とメンテナンスに励んでいるのだとか。
この日もプロショップ内にいて、我々がティーオフする時にはティーインググラウンドまでやってきて見送ってくれた。
18ホール以外にアウト、インそれぞれにエクストラのパー3ホールが1ホールずつあり全20ホール。
7番ホールは距離あるパー4でティーショットはブッシュ越え。The 500 World’s Greatest Golf HolesのThe One HundredとThe Best Holes Designed Since 1970の18ホールの1つに選ばれている。


13番ホールは左ドッグレッグのパー5でThe 500 World’s Greatest Golf HolesのThe Five HundredとThe Best Ocean Holesの18ホールの1つに選ばれている。
14番ホールは、やや打ち上げのパー3でThe 500 World’s Greatest Golf HolesのThe Five Hundredに選ばれている。


自分でコースを設計し、日々メンテナンスをしてコースと共に生活しているのはゴルファーとして夢のような生活だと思う。
明日はポートマーノックをラウンドするので併設されている今夜は近くのポートマーノックホテル&ゴルフリンクスに宿泊する。
夕食をホテルのレストランThe “1780”でいただくことにした。
まずは、タルタルサーモン。アイルランドでは、鮭は知恵と知識のある魚としてケルト神話に登場する。スモークサーモンは品質が高いことで有名。




メインはティペラリー州の牛肉の煮込みシチュー。アイルランドは牛肉の輸出額が世界5位で自然の中で放牧されて牧草だけを食べて赤身が多い。
デザート代わりにアイリッシュチーズの盛り合わせをいただいた。どれも丁寧に料理されていて美味しくいただけた。
アイルランド7日目
アイルランド共和国で唯一「全英アマ」が開催されたリンクス
アイルランドゴルフ旅の第6ラウンドはアイルランド共和国のダブリン州のポートマーノックにあるポートマーノックゴルフクラブ。
開場は1894年。米国ゴルフマガジン社が発表しているTop 100 Course in the Worldに初回の1983年から最新の2023年までずっとランクインしている。最高位は24位(1991年)。
それぞれ9ホールのレッドナイン、ブルーナイン、イエローナインの計27ホールあるが、チャンピオンシップコースと呼ばれている組み合わせはレッドナインとブルーナイン。
アマチュアゴルファーのウィリアム・ピックマンとジョージ・ロスがこの土地を見つけ、ピックマンがレッドナインを設計。そして1986年にはブルーナインを設計し18ホールに。イエローナインはフレッド・ハウツリーが1971年に設計して追加された。
1927年にアイルランド共和国の最高峰のアイリッシュオープンの第一回の会場になった。そしてアイルランド共和国で唯一、全英アマチュア選手権が開催されたコースとしても有名だ。
1949年に全英アマがここポートマーノックGCで開催されたのだが、開催が決定した1947年の時はイギリス領で、その翌年にアイルランド共和国としてイギリスから独立することになった。賛否両論あったが、R&Aは計画通り、ポートマーノックGCで全英アマを開催した。そのため、あとにも先にもイギリス領以外で全英アマが開催されたコースはここだけになる。
14番ホールは左ドッグレッグのパー4でThe 500 World’s Greatest Golf HolesのThe Five Hundredに選出されている。


15番は右にアイリッシュ海が続く難しいパー3だが、まぐれショットであともう少しでホールインワン。タップして楽々バーディーで良い思い出になった。
ポートマーノックゴルフクラブでのラウンドを終えてランチをクラブハウスのレストランで。
ビールはアイリッシュエールのスミティックス。アイルランド最古の醸造所で造られているビールである。後日、醸造所を訪れてみた。
コルニション(ミニキュウリ)のスープとFillet of Plaiceをオーダー。Plaiceはツノガレイ。
近くのHowthという魚が美味しい港町で獲れたツノガレイをフライにしてタルタルソースで味付けをしたもの。
調理方法も素晴らしかったが素材がよいのでとても美味しくいただけた。
今夜はダブリン市内のホテルにチェックイン。
5日ぶりにダブリン市内に戻ってきた。夕食まで少し時間があるのでダブリン市内を観光することにした。
まずはダブリン城。ヴァイキングの砦があったこの場所に、1204年にイングランドのジョン王がダブリン城を建てた。その後、1922年までイギリスの総督府が置かれていて、アイルランドのイギリス支配の象徴だった。
下の写真の建物の丸い部分はレコードタワーと呼ばれていて1226年にノルマン人によって建てられた。
1864年に火事でダブリン城は崩壊してしたが、円形のレコードタワーは当時の建物として残っている。
遠くからも良く見えるベッドフォードタワーという時計台は1761年に建てられた。
お城の裏側に回るとカラフルな外壁が。レゴブロックのお城みたいだった。
そして、少し進むと一般的なお城のイメージの外壁に。




ダブリン城を後にして、続いては聖パトリック大聖堂に。
450年頃に聖パトリックがこの場所で改宗者の洗礼を行っていたと言われ、1191年にその跡地に建築された大聖堂。
アイルランド最大の教会で、確かに写真に収めるのが大変だった。聖パトリックはアイルランドの守護聖人として多くのアイルランド人に親しまれている。
アイルランドにキリスト教を広めるために聖パトリックは三つ葉のクローバー(シャムロック)を用いてキリストの三位一体を説いたことは有名で、このシャムロックがアイルランドの国花にもなっている。
そして、もう少し時間があったので、中世に建てられた中では最大級の地下礼拝堂があるクライスト・チャーチ大聖堂にも立ち寄った。
1038年に木造の教会として建てられた。その後、1171年にイングランド王のヘンリー2世がクリスマス礼拝に出席したことから、その翌年からストロングボウと呼ばれる二代目ペンブリック伯ことリチャード・ド・クレアたちが現在の石造りのような教会に建て替えた。
地下礼拝堂の中には過去のイングランド国王たちにまつわる聖宝などが展示されていた。
そろそろ夕食の時間だ。
夕食はアイリッシュとフレンチのフュージョン料理のDAX(ダックス)というレストラン。
トマトのスープ、アイルランド産ホタテ(コーク州のキャッスルタウンベア産)のソテー。
そして、メインはアイリッシュビーフのヒレ肉(キルデア州のウィンストン・バーン農場)の骨髄ソースをいただいた。食後にはアイリッシュコーヒーを。
アイリッシュコーヒーはコーヒーと温めたアイリッシュウイスキーにクリームをトッピングしたホットカクテルである。
全て美味しくて、こちらのお店もおススメのお店になった。
今夜はダブリン最古のパブ、ブレイズン・ヘッドで締めることにした。1198年創業。
カウンターに行くまで人ごみを潜り抜けて行かないといけないぐらいお店は大人気。
まずはギネスで。カウンターには珍しいアイリッシュウイスキーのボトルが並んでいる。
ボードのウイスキーのリストを見るとMidleton Very Rareと書かれたウイスキーを発見。ベリーレアと書いてあるぐらいなので、とても珍しいはず。値段を見ると13.50ユーロ。ブッシュミルズの10年が7ユーロなので約2倍の値段。さらにその下にはMidleton B.Crokettが24.50ユーロと書いてあり、更に値段が高いのでこちらも一緒にオーダー。
ベリーレアは、とても華やかなアイリッシュイスキーで、バリークロケットはミドルトン蒸留所のマスターディスティラー、バリー・クロケットがセレクションした樽をボトリングしていて46度あり、ベリーレアより濃く、かつフルーティーな感じがするウイスキーだった。
アイルランド8日目
アイルランドで初のライダーカップが開催されたパークランドコース
アイルランドゴルフ旅の第7ラウンドはアイルランド共和国のキルデア州のKクラブ。
Kクラブにはパーマーライダーカップコースとパーマースマーフィットコースの2コースあり、今回はパーマーライダーカップコースをラウンド。
パーマーライダーカップコースの開場は1991年。パーマースマーフィットコースは2003年に増設された。
その名の通り、パーマーライダーカップコースは2006年のライダーカップの会場になり、アイルランドで初めてライダーカップが開催されたコースとしても有名。
どちらのコースの設計もアーノルド・パーマーとエド・セイのコンビで設計。
KクラブのKの意味は、キルデアホテル&カントリークラブを省略してKクラブと名乗っているらしい。


コースは優雅な雰囲気のあるパークランドコースで、池の多いコースだった。
Kクラブでのラウンドを終えてランチはキルケニーの町の中にあるカフェ・ソル・ビストロで。
キルケニーは中世アイルランドの中心都市だった。
ビールはキルケニーの地ビールで。2014年にキルケニーで創業したコステロスブリューイングという新しい醸造所が造るレッドエール。さやかやかな苦味のあるビールだった。
人参とコリアンダーのスープとソル・フィッシュケーキ。
今日はこれからに2ラウンド目に。ジャック・ニクラス設計のコースをラウンドしにいく。
アイルランドのニクラス設計のパークランドコース
アイルランドゴルフ旅の第8ラウンドはアイルランド共和国のキルケニー州にあるマウントジュリエットゴルフクラブ。
開場は1991年。設計はジャック・ニクラス。
内陸にあるリゾートホテルに併設されているパークランドタイプのリゾートコース。
素晴しいリンクスがたくさんあるアイルランに来てまでわざわざ回る価値があるかどうか?と聞かれればその価値はないかもしれない。


それぐらい普通のコースなのだがアイルランドに長期滞在する場合、一息つくにはちょうど良いコースでもあった。私の今回のアイルランドゴルフ旅は約2週間で今日がちょうど半分。
連日のタフなリンクスのレイアウトと風にやられて精神的、肉体的にも疲労が溜まっている中、このコースはほっと一息つけるクッションのような存在になってくれた。
今夜はキルケニーの町に宿泊。
夕食はMarble City Bar and Tearooms(マーブルシティバー&ティールームズ)で。
ビールはキルケニーで1710年から造られているギネス以上に親しまれているスミティックスで。
スミティックスはアイルランドで一番歴史のある醸造所。




シーフードチャウダーは、サーモンがたっぷり入っていた。
メインは、バンガーズ&マッシュ。バンガーズは豚肉のソーセージのことをいい、昔、戦時中に品質の悪いソーセージが配給されていてそれを焼いている時に破裂していたのでバンガーズと呼ばれるようになったのだとか。
そしてアイルランドのマッシュポテトは大量のバターと牛乳が入っているので、こってりクリーミーなのが特徴。
アイルランド9日目
キルケニーの町に宿泊した翌朝の朝食は町のカフェでスコーンとカフェオレで軽くすませてキルケニーを去る前に観光に。
まずはキルケニー城に。
キルケニー城の原型は13世紀の初めにペンブルック伯爵のために造られたノルマンの城。
その城をキルケニーの大地主のオーモンド伯爵のジェームス・バトラーが購入してバトラー家の居城となった。




城の中を見学できるの見学することに。ホールにはいろんな絵画が展示されていた。もう一か所立ち寄ってから南に向かうことにする。
1710年に創業したアイルランド最古の醸造所のスミティックス。
Smithwick’sという綴りなのでスミスウィックスと発音すると思いきや、アイルランドではこれでスミティックスと発音する。
スミティックスはギネス以上にアイルランド人に親しまれているレッドエール。
この旅で私もギネスと同じぐらいスミティックスを飲んだ。
では、そろそろ今日の目的地のアイルランドの南のコーク州のオールドヘッドゴルフリンクスに移動することにする。
4章.アイルランド南西部のマンスター地方(前編)
アイルランドの南西部のマンスター州は、アイルランドではリゾート地として知られている。コークはアイルランド第2の都市でもある。これからしばらくはマンスター地方でゴルフをする。
キルケニーを出発して南に約200km。2時間半ほどのドライブ。
目的地のコーク州のオールドヘッドが見えてきた。
オールドヘッドはコーク州のキンセールの南にある、その名の通り、ポツンと頭が飛び出したようにできている岬。
この岬の中にゴルフコースがギッシリと詰まっている。


時間があるのでクラブハウスでランチをいただくことにした。
レストランからは海とシンボルの灯台が見えた。
まずはビールのハープラガーで喉を潤した。ハープはアイルランドの若者に人気のある銘柄なのだとか。
食事はオールドヘッドシーフードプラッター。
スモークサーモン、クラブミート、海老、スパイシーケイジャンサーモン、ホタテ、牡蠣などたくさんのオールドヘッド周辺で獲れた新鮮なシーフードを楽しむことができた。
大西洋に突き出た小さな半島に造られたコース
アイルランドゴルフ旅の第9ラウンドはアイルランド共和国のコーク州のキンセールの南の岬にあるオールドヘッドゴルフリンクス。
ケリー州生まれのアイルランド人、ジョン・オコーナーがファウンダーとして1997年に開場。
オコーナーは断崖絶壁に囲まれた小島のような220エーカーの半島の中に世界でも例を見ない壮大なコースを作り上げた。
言葉で説明するより、ヤーデージブックの表紙に乗っているオールドヘッドの空撮写真を見ていただくのが一番わかりやすい。こんなロケーションのゴルフコースはおそらく世界でここだけだろう。ワクワクする。
設計はジャック・ニクラスのゴルフコース設計事務所で活躍したロン・カービィ、オーストラリアのコース設計者のパトリック・メリガン、アイルランドのプロゴルファーで現在シニアツアーに参加しているリアム・ヒギンス、アイルランドのプロゴルファーでゴルフコース設計家のエディ・ハケット、アイルランドで最も成功したアマチュアゴルファーのジョー・カー達が交代して完成させた。
2番ホールは左に銃の形のように直角にドッグレッグしているのでGUN HOLEと名付けられた。
3番ホールのパー3も左に断崖絶壁が続く。


米国ゴルフマガジン社が発表しているTop 100 Course in the Worldに1999年に一度だけ96位でランクインしていた。


12番ホールは、左に断崖絶壁が続く左ドッグレッグのパー5。ポツンと見える石の目印を目標にしてティーショットする。このホールは今までラウンドしてきた中のホールの中でも一番記憶に残るホールになった。
17番ホールは距離の長いパー5でThe 500 World’s Greatest Golf HolesのThe Five Hundredに、そして18ホールだけ選ばれるThe Most Penal HolesとThe Longest HolesとThe Best Ocean Holesにそれぞれ選出されている。


コースの造成中、自然保護団体などの反対にあい、完成までに10年以上かかり、複数の設計家が担当したことや、小島のような岬の中にぎっしりと18ホールを詰め込んだのでコースレイアウトは少し無理矢理感を感じたコースだったが、このような素晴らしくダイナミックなロケーションでのゴルフは今まで経験したことがなかった。
とにかくロケーションは世界トップクラスなので一度、ラウンドしてみる価値は十分ある。
オールドヘッドでのゴルフを終えて翌日のゴルフのために北西に移動。
翌日はケリー州のウォータービルでゴルフなので途中の同じケリー州のキラーニーという町に宿泊する。ホテルにチェックイン後、町で食事。
トラリーやキローグリン、ディングルで獲れた魚を取り扱っているキラーニーの魚屋のキンランズフィッシュショップが経営しているキンランズ・シーフードバーというお店にした。




魚屋の本店はカハーサイビーンにあり、キローグリン、トラリー、そしてキラーニーに支店がある。(※シーフードバーはキラーニー、トラリー、キローグリン、コークで営業。キンランズフィッシュショップの本店があるカハーサイビーンではQC’s Seafood Restaurantというレストランも営業している。)
シーフードバーと名乗っているがお酒類は販売していなかったのは残念だったが、新鮮な魚介類がいただける素晴しいお店だった。
ワイルドコッドは、タラのソテー。
クラブクロウは、アイリッシュクラブ(ブラウンクラブとも呼ばれるヨーロッパイチョウガニのこと)の蟹の爪をガーリックオイルで味付けしたもので、アイルランドではガーリックオイルかクリームソースで味付けすることが多いのだとか。
この蟹の爪がとにかく美味しかった。最後はパンをちぎって残ったガーリックオイルと蟹の身に絡ませていただいた。
いつか、本店があるカハーサイビーンに行くことがあれば、そちらのシーフードレストランにも立ち寄ってみたいと思う。
アイルランド10日目
チャップリンが愛した風光明媚な地に造られたリンクス
アイルランドゴルフ旅の第10ラウンドはアイルランド共和国のケリー州にあるウォータービルゴルフリンクス。
1889年に9ホールで開場。当時、北アメリカとヨーロッパを繋ぐ海底通信ケーブルの通信基地がウォータービルにあり、そこで働く技術者達がゴルフコースを立ち上げた。
そして長い間、9ホールのままだったが、1973年にアイルランド系アメリカ人のジョン・ムルカヒが率いたチーム、アイルランド人のプロゴルファーで設計家のエディ・ハケット、1948年のマスターズチャンピオンのクロード・ハーモンがオリジナルの9ホールを改造し、新たに現在のフロント9を追加して18ホールに拡張した。
そして2006年にはトム・ファジオが改造し、6番、7番ホールは完全に置き換えられた。
米国ゴルフマガジン社が発表しているTop 100 Course in the Worldに2009~2017年の間、ランクインしていた。(最高位は2013年の76位)
アイルランドは過去の植民地支配からイギリスには敵対心があるが、アメリカにはイギリスに苦しめられたジャガイモ飢饉の時にアイルランドからの移民を受け入れてくれたことで友好的で、特にアイルランド西海岸はアメリカ大陸側ということもあり、アメリカ資本の影響を受けている企業が多い。ここウォータービルもアメリカ資本でリンクスだが歩きラウンドではなくアメリカゴルフのように乗用カートでのラウンドだった。


そして、ここウォータービルは、あのチャーリー・チャップリンが愛した風光明媚な海辺の保養地で、1960年代には家族で夏に度々訪れていた地でもある。
11番ホールと17番ホールはThe 500 World’s Greatest Golf HolesのThe Five Hundredに選出されている。


特に17番ホールは、このコースで一番高い場所にティーイングエリアがあるパー3でチャップリンが見ていた景色を一望できる場所で心が和んだ。
ウォータービルGLでのラウンドを終えて、ランチはクラブハウスのレストランで。
ビールは、昨夜泊まったキラーニーのキラーニーブリューイングカンパニーのビール、デビルズヘルズラガーで。
ローカルのスモークサーモンのオープンサンドウィッチと一緒に。
会計を終えて次の目的地に移動する前にバーカウンターの奥に見慣れないアイリッシュウイスキーを発見。
ライターズティアーズという、シングルポットスチルとモルトウイスキーをヴァッティング、ノンフィルターでボトリングしたアイリッシュウイスキー。
どんな味がするのだろうか?機会があれば飲んでみたい。
ウォータービルを出発して今夜の宿のケリー州のディングルの町に2時間のドライブで到着。
今夜の宿はマーフィーズパブB&B。チェックイン後、早速、1Fにあるパブで軽く一杯。
まずは地元ケリー州のケリーブリューイングのギネアス・ディングルペールエールで喉の渇きを癒す。
二杯目はクレステッドテン。ジェイムソンのセカンドラベル的な存在。ミドルトン蒸溜所の原酒をシェリー樽で7~8年間熟成。ブレンデッドでシェリーの香りが心地よいアイリッシュウイスキー。
そして三杯目はGREENOREと綴ってグリーナーとでも発音するのでだろうか?シングルグレーンアイリッシュウイスキー。キルベガン蒸留所が新たに立ち上げた新世代のアイリッシュウイスキーのブランドのようだ。
そろそろ夕食に出かけることにする。
夕食はディングルの魚料理が美味しいお店に行きたかったのだが満席。
ディングルの街を歩きながら代わりのお店を探すことにした。
パブで飲みながら席が空くのを待つのも良かったのだが、私一人ではなく仲間が一緒でお腹を空かしていたので、ひとまず、ジョン・ベニーズ・パブでみんなと一緒に食事をすることに。
地元のディングルブリューイングカンパニーのラガーのトム・クリーンズ。
まずはオイスターを。さすが港町だけあって美味しい。アイルランドでは海産物は生で食べることはなく唯一、生で食べるのが牡蠣なのだとか。
メインもシーフードと行きたかったのだが、どうしても先ほどのお店にもう一度チャレンジしたいのでシーフードはやめてシェパーズパイ。
シェパーズパイは、マッシュポテトをパイの皮にして中に羊の挽肉を詰めたアイルランド料理。
みんなと解散して、これから満席だったお店にもう一度行ってみることにした。
満席で断られたシーフードが美味しいと言われている人気のアウト・オブ・ブルー。一人で行くと何とか入れた。
牡蠣とブラックソールをオーダーした。ビールは昨日も飲んだキラーニーのデビルズヘルズ・ラガーの瓶。
牡蠣はディングルの対岸のグレンバイ産。さっきのお店の牡蠣も美味しかったけど、こちらのほうがだんぜん美味い。
ブラックソールは舌平目のこと。ソテーされていて、アーモンドを使ったソースが素晴らしい。舌平目も新鮮で、とにかく美味しかった。
もしディングルに来ることがあれば再訪したいと思う。
アイルランド11日目
ディングルのB&Bに宿泊した翌日の朝。
パーマーが欧州で初めて設計したコース
アイルランドゴルフ旅の第11ラウンドはアイルランド共和国のケリー州にあるトラリーゴルフクラブ。
1896年にトラリーの近くのマウントホークという場所に9ホールのコースとして開場。
長い間、9ホールのままだったが、1984年に現在の海沿いの土地をクラブが購入して18ホールのコースとして移転。
新コースの設計はアーノルド・パーマーとエド・セイのコンビ。パーマーが欧州で初めて設計したコースでもある。私がラウンドした2か月後にパーマーは亡くなった。
そんなパーマーが設計したコースは本当に素晴らしいリンクスだった。
パーマーは生前、「フロント9は私が設計したがバック9は神が造った」とコメントしたのだが、そのコメントの通りに、特にバックナインの地形、景色が素晴らしく心地よい時間を過ごすことができた。




17番ホールは距離の短い右ドッグレッグのパー4でThe 500 World’s Greatest Golf HolesのThe Five Hundredに、そしてThe Most Scenic HolesとThe Best Short Par 4sの18ホールの中の1つに選ばれている。


美しい景色にアンジュレーションのある地形を活かしたパーマーのマスターピースの1つに数えられる素晴らしいコースだった。
トラリーでのラウンドを終えてクラブハウスでランチを。
これから次の目的地のバリーバニオンに移動する。
トラリーを後にしてバリーバニオンに到着。
シーショアB&Bという今夜の宿にチェックイン。素敵なB&Bだった。
リビングに置いてあったバリーバニオンのガイドパンフレットをみてブロモアークリフという断崖絶壁が近くにあるようなので見に行ってみた。
高さ55mにもなる断崖絶壁は何千年にもわたり、波と風の自然の力で削られてできあがった。




続いてもう一か所、名所があるのでそちらにも足を向けた。
ブロモアークリフズを後にしてバリーバニオンの町の近くにあるクリフウォークという散歩道に。
町のすぐ近くにはバリーバニオン城の城跡があった。明日、ラウンドするバリーバニオンゴルフクラブのロゴマークにもなっている。何かロゴマークと形が違うなと思っていたら1998年の冬に落雷で塔の上部が破壊されてしまったらしい。
そしてクリフウォークに。クリフウォークの先にはナインドウターズホールという海に繋がっている穴があった。バイキングの襲来時に村の有力者の9人の娘がこの穴に投げ捨てられたという悲しい歴史がある穴だった。
そろそろ夕食の時間なのでバリーバニオンの町に戻ることにした。
夕食はバリーバニオンの町にあるアイリッシュレストランアワード2015を受賞したダロカというレストラン。
ビールは北アイルランドに面しているモナハン州のBrehonブリューハウスのStony Grey IPAを。
ローストコッドチャウダー(ローストした鱈のスープ)とリブアイ・オブ・ヘレフォードビーフをいただいた。
スコットランドでもそうだったがアイルランドでも食事のハズレがない。




アイルランドゴルフの前半の目玉はロイヤルカウンティダウンだったが、いよいよ明日は後半の目玉、バリーバニオンをラウンドだ。
5章.マンスター地方(後編)
アイルランド12日目
今日はバリーバニオンGCをラウンド予定。
昨夜はバリーバニオンの外れにあるシーショアーB&Bに宿泊した。
このB&Bは女性オーナーのセンス、気配りが素晴らしく、次回、バリーバニオンを再訪した時にはもう一度、ここに泊まろうと思える素敵なB&Bだった。
ここまで丁寧に盛り付けしているアイリッシュやスコテッシュブレックファストは見たことなかった。




アイルランド共和国でNo.1のリンクス
アイルランドゴルフ旅の第12ラウンドはアイルランド共和国のケリー州にあるバリーバニオンゴルフクラブ・オールドコース。
1893年にジェームス・マッケナの設計で12ホールで開場したが、1898年に経営破たん。
その後、1906年に元インド軍将校のバーソロミュー大佐、アイルランド銀行のB.J.ジョンストーン、開場時の理事であったパトリック・マッカーシー、リストーウェル在住のジョン・マコーレーの四人がスポンサーになり、再建。その時に新たに設計した9ホールはアイルランドゴルフの編集者のライオネル・ヒューソンという人物が担当。
1926年には18ホールに拡張された。
そして1936年には、当時のゴルフコース設計家で第一人者だったトム・シンプソンがコースを改造。7番ホール、13番ホールの場所の変更や1番ホールのフェアウェイにバンカーを追加するなどを行った。このバンカーはミセス・シンプソンという愛称で親しまれている。
米国ゴルフマガジン社が発表しているTop 100 Course in the Worldに初回の1983年から最新の2023年までずっとランクインしている。最高位は8位(1987年)。
アイルランド島全体ではロイヤルカウンティダウン、ロイヤルポートラッシュにつぎ、No.3の評価だが、アイルランド共和国でみるとNo.1の評価を得ているコースである。私の評価ではロイヤルポートラッシュよりバリーバニオンのほうが評価が高い。
そしてバリーバニオンGCにはオールドコース以外にロバート・トレント・ジョーンズ・シニアが設計したカシェンコースもある。こちらも昼からラウンドした。


2、7番ホールはThe 500 World’s Greatest Golf HolesのThe Five Hundredに選出されている。


11番ホールは右に海が続く距離のあるパー4で、The 500 World’s Greatest Golf HolesのThe Eighteen、The Single Best Holes By Number、The Best Ocean Holes、The Best Links Holes、The Best Holes You Can Playの18ホールの中の1つにも選ばれている。
つまりこれは、世界中で最も素晴らしい18ホールの1つ、世界中の11番ホールの中でNo.1、海が見える最高の18ホールの1つ、リンクスで最高の18ホールの1つ、誰もがプレイできる最高のコースの18ホールの1つと賞を総なめにしている名ホールということである。
ティーショットからの景観も素晴らしいが、このホールが素晴らしいのはセカンドから見える地形のアンジュレーションの美しさ。
自然なアンジュレーションのフェアウェイの先に、ここにグリーンを配置せよと神が指示したようなナチュラルな素晴らしいホールだった。


オリジナルのコースは有名設計家が造ったコースではなく、まさに神が造ったコースとはこのバリーバニオンのことを言うのだと感じた素敵な時間だった。
バリーバニオン・オールドコースでの感動のラウンドを終えてクラブハウスでランチを。
喉の渇きを癒すためにまずはローカルのサイダー(シードル)のCRONINS(クローニンズ)。バリーバニオンから南に約10㎞のリックナウという場所で造られている。
The BGC 8オンスステーキバーガーはボリュームたっぷりだった。
そして昼からのラウンド後もサイダーをいただいた。何度も飲んでいるアイルランド共和国のメジャーなサイダーのバルマーズ。
お腹がいっぱいになったので昼からもう1つのコースのカシェンコースをラウンドしてきた。
ロバート・トレント・ジョーンズがアイルランドに造ったリンクス
アイルランドゴルフ旅の第13ラウンドはアイルランド共和国のケリー州にあるバリーバニオンゴルフクラブ・カシェンコース。
カシェンコースは1984年にロバート・トレント・ジョーンズ・シニアの設計でオープン。
バリーバニオンGCが創設されたのが1893年なので91年後に増設された。
カシェンコースは一番後ろのブルーティーからでも6318ヤード(パー72)と距離が短いが、オールドコースよりアップダウンもあり、景観もいいのでぜひオールドコースだけでなくカシェンコースもラウンドすることをおススメする。


川奈に例えるなら富士コースがオールドコースで大島コースがカシェンコースのような位置づけだと言えば分りやすいと思う。


そして、カシェンコースは乗用カートが使えるが、このアップダウンを楽しむならぜひ手引きカートで高低差を感じながら歩いてラウンドして欲しい。
次の目的に向かうために北上する。
夕食は移動途中でリムリック州の州都リムリックの街に立ち寄り、食べることにした。
リムリックはアイルランド第3の都市で街の中をシャノン川が流れていて中世の歴史的な建造物が並ぶ、アイルランドらしい町並みだった。
ザ・ロックバーというアイリッシュパブに入店。




アイリッシュビーフシチューをギネスと一緒にいただいた。
アイリッシュビーフはギネスと一緒に煮込んで肉を柔らかくしているのだとか。適度な苦みも加わり、美味しかった。
今夜の目的地のクレア州に移動する。
アイルランド13日目
バリーバニオンを出発して、途中、リムリックで夕食。そしてクレア州キルクハンのB&Bのクロンモアロッジにチェックイン。
どうしてもアイルランド滞在中に、アイルランドの家庭でよく食べられているポテトチップスを挟んだクリスプサンドウィッチを食べたくて昨夜、チェックインした時にB&Bの女主人にクリスプを渡して明日の朝の朝食に作って欲しいとオーダー。
アイルランドで一番人気のフレーバーのソルト&ビネガーで作ってもらった。




マスタードとソルトアンドビネガーのポテトチップスの相性がバツグンで、食感は外はしっとり中はサクサク。
食べる前はどうかな?と思ったが、意外と美味しかった。
グレッグノーマン設計のアイルランドのリンクス
アイルランドゴルフ旅の第14ラウンドはアイルランド共和国のクレア州にあるトランプインターナショナル・ゴルフリンクス・アイルランド。
開場は2002年。設計はグレッグ・ノーマン。
開場時はドゥーンベッグゴルフクラブという名前だったが2014年にドナルド・トランプが買収して現在の名前に変わった。トランプ傘下になってからマーティン・ハウツリーが改造を担当。


ドゥーンベッグは、1.5マイルのビーチと砂丘に沿ってルーティングされていて、アイルランドの荒々しい地形を堪能できる。


ノーマンは、土地の視察に来た時に、「私は世界で最も幸運な設計者だ」と言ったそうだ。
確かに20世紀後半になり、アイルランドでゴルフコースに使用できるよいリンクスは数少なくなっているので、ノーマンの気持ちも理解できる。
ランチはドゥーンベッグのクラブハウスで。
昨日に引き続き、今日も2ラウンド。次の目的地のラヒンチに移動する。
モリス、マッケンジー、ハウツリーと各時代の名匠がバトンを受け継いでいる名リンクス
アイルランドゴルフ旅の第15ラウンドはアイルランド共和国のクレア州にあるラヒンチゴルフクラブ・オールドコース。
開場は1892年。リムリックゴルフクラブの創設者のアレキサンダー・ショウとリチャード・プラマーがオリジナルのコースを設計。
現在のオールドコースの北側に9ホール、リスカナーロードと呼ばれる道路を挟んで陸側の現在のキャッスルコースがある場所に9ホール造られた。
その2年後の1984年にアレクサンダー・ショウはセントアンドリュースからトム・モリスを招聘して、改造を依頼。
この時、トム・モリスは「今まで見た中で最高に素晴しい天然コースだ」と絶賛した。
トム・モリスはこの改造で、リスカナーロードの陸側にあるホールの一部を海側に移した。
ラヒンチで評価が高い4番ホールと5番ホールは、トム・モリスが設計したのではなく、開場時にアレキサンダー達が設計したという説もあるが、ラヒンチのホームページには、この2つのホールはトム・モリスが造ったと記されていることと、開場時に造られたコースは北側の部分で4,5番は南側に位置するのでトム・モリスが設計したと私も思う。
そして1926年にはアリスター・マッケンジーが招かれて一年かけて大改造して全ホールをリスカナーロードの海側に全て移動させた。現在のオールドコースのレイアウトはこの時のマッケンジーの改造がベースになっている。
その後、1999年にマーティン・ハウツリーがコースの近代化を目指して改造。4ホールのルーティングを変更し、砂丘の奥深い場所に8番と11番のパー3を新設した。
この時、ハウツリーは残りの16ホールをマッケンジーが改造した当時のレイアウトに復元した。
米国ゴルフマガジン社が発表しているTop 100 Course in the Worldに1991年から最新の2023年までランクインを続けている。最高位は35位(2015年)。
オールドコースは、アイルランド共和国では2位。北アイルランドを含めたアイルランド全体でも4位に位置する名リンクス。
ちなみに、ラヒンチの意味はアイルランドの言葉で、ビジーサーファーアイランドという意味らしい。
4番ホールのパー5は、The 500 World’s Greatest Golf HolesのThe Five Hundredに選ばれている名物ホールでプレストウィックのアルプスホールより豪快な砂丘越えだった。
砂丘の上にいるフォアキャディが前が空けば打っていいと合図してくれる。
私はブラインドのホールが大好きだ。ショットの先が見えないのはアンフェアだという人もいるが、その先を想像する楽しさがある。


4番に続き、5番ホールもブラインドホールで砂丘越えのパー3。
グリーンは砂丘で取り囲まれた谷間のようになっている。ホール名のDellは小さい谷という意味。
白い石の先にピンがある。
冬季は左に砂丘越えではない別グリーンが使用されるので、砂丘越えのブラインドショットのワクワクを楽しむなら、ぜひ夏場のラウンドをおススメする。


12番ホールは、ドゥーキャッスルに向かってティーショットする左ドッグレッグのパー5。狙いは城跡のやや右。
アイルランドの激しい砂丘の起伏と海。それに歴史ある古城跡とラヒンチの街並みを借景にしたコースは何度もラウンドしたくなる。


ラヒンチは、各時代のゴルフコース設計の名匠と呼ばれているトム・モリス、アリスター・マッケンジー、マーティン・ハウツリーがコース改造のバトンを受け継ぎ、時には大胆な改造をしながらも、大事な遺産は残して世界的な評価を維持する努力を続けている名リンクスだった。
ラヒンチのラウンド後に近くにあるモハーの断崖を見に行ってみた。時間は21時頃だがまだまだ明るい。
モハーの断崖のビジターセンターは冬は17時まで、夏は最長21時まで空いている。今日も21時まで開いていたようだが、ちょうど閉まったところだった。
ビジターセンターが閉まってもモハーの断崖までは自由にアクセスできた。
最高200mもの高さのモハーの断崖は、アイルランドの言葉で破滅の崖という意味でアイルランドの荒々しい自然美を堪能できた。
そろそろ夕食を食べに行くことにする。
夕食はラヒンチの町のレストラン、Danny Mac’s(ダニー・マックス)で。
リスカナーベイ・シーフードチャウダーは、ラヒンチ周辺のリスカナー湾で獲れた魚介類を使用したシーフードチャウダーで濃厚で美味しかった。




メインはチキンブレスト・インナ・バン。チキンバーガーみたいなものだった。
そして中の鶏肉だけ先に食べて外側のパンを残して、とあるアイルランドの郷土料理を自作してみた。
今朝、ポテトチップスを挟んだアイルランドの郷土料理のクリスプサンドウィッチをいただいたが、中身をチップス(フライドポテト)にしたものをチップブティと呼ぶ。
大阪のお好み焼きにご飯という「炭水化物に炭水化物」と同じような考え方の食べ物で、こちらもなかなか外食先では食べることができないようなので自作して挟んで食べてみた。
明日は北上してアイルランド北西部のコノート地方に移動する。
6章.アイルランド北西部のコノート地方へ
コノート地方はアイルランドの北西部に位置して、アイルランドの自然を他の地域以上に楽しめる地方である。
アイルランド14日目
今日の目的地はコノート地方のスライゴー州に。
その途中に少しだけ寄り道。レンスター地方の端にあるウェストミーズ州のアスローンという人口2万人ほどの小さな街に立ち寄った。二日前の夜に食事をしたリムリックの街に流れていたシャノン川がアスローンにも流れている。(こちらが上流になり、全長はなんと386kmもある。)
アスローンに立ち寄った目的はこの町にアイルランド最古のパブ、ショーンズバーがあるから。朝10時半の開店を待って入店。
とても古く雰囲気もあるのでゆっくりと時間を過ごしたいが、昼過ぎにスライゴー州に到着する必要があるので軽く一杯だけいただくことにした。




飲んだことないビールなどいろいろとあり、目移りしたが、私が選んだのは900 AD Beer。
こちらのパブが900年頃から営業していたことから名づけられたビール。
喉を潤しながらバックバーに何か珍しいお酒がないか探していて見つけたウイスキーのフラミング・ピッグ。直訳すると燃える豚。
ダブリンのマーロンズウイスキーカンパニーが販売しているシナモンと黒胡椒とクローブで風味付けしたスパイスド・アイリッシュウイスキー。シナモンの香りと黒胡椒の刺激が心地よいフレーバード・ウイスキーだった。
そろそろスライゴーに移動する。
詩人イェイツの心の故郷に造られたコルトの傑作リンクス
アイルランドゴルフ旅の第16ラウンドはアイルランド共和国のスライゴー州にあるカウンティスライゴーゴルフクラブ。
開場は1894年。開場時は9ホールで開場。その後、18ホールに拡張され、1927年にハリー・コルトが再設計して現在にいたる。
Bomoreコースという9ホールのコースも1999年に追加され、そのため18ホールのコースはチャンピオンシップコースと呼ばれるようになった。
スライゴーは詩人イェイツの母が生まれた地で、イェイツが心の故郷として愛した大西洋やベンブルベンと呼ばれる平らな山に囲まれた美しい土地。
7番ホールはグリーンがクリーク越えの距離のあるパー4で正面にはイェイツが愛したベンブルベンという平たい山が見えた。


10番ホールは、ホール名の名の通り、ベンブルベンが一番近くに見えた。
どのホールも視界が広く、気持ちがよい。


カウンティスライゴーゴルフクラブは、コノート地方のエメラルドの美しい土地に造られたコルトの傑作リンクスの1つだった。
カウンティスライゴーGCでのラウンドを終えて、ダブリンに戻る前にスライゴーで夕食を食べてから帰ることにした。
ベストレストランスライゴーに選ばれたこともあるこちらのCoach Lane(コーチレーン)で。
緑に覆われた小道を通り過ぎて入店。一階はパブで二階がレストラン。
まずはシュリンプカクテル。サイドは、やはりジャガイモの国。たっぷりの2種類のジャガイモがサーブされた。
私が頼んだのはカネマラ地方のラムのレバーをマッシュルーム、ベーコンの脂部分をラムの骨髄とシェリー酒で煮込んだものをいただいた。
これがレバーの風味を殺さずに上手に調理されていて本当に美味しかった。
次回スライゴーを訪れた時もこれをオーダーしたいと思う。
スライゴーの町の素晴らしいレストランで夕食を終えて、あとはスライゴーからダブリンまで200㎞、約2時間半の移動。アイルランド島を時計回りにほぼ一周する旅の最後の移動だった。
しかし、レンタカーのエンジンをかけても全くかからず。その後、いろいろと調べてみるも状況は変わらず。。
すぐ近くにバスの営業所があったので事情を説明して整備士の方に協力をしてもらい、いろいろ試してもらったが、エンジンはかからなかった。
レンタカー会社に連絡をして提携のカーレスキューに来てもらうことになった。19時半にはスライゴーを出発できていたはずが、この時点で21時過ぎ。
カーレスキューも苦労しているようだ。
今まで、私が経験した海外でのトラブルは色々あったが、その都度、延泊を覚悟して行動すれば、そこからの時間はオマケの時間と思えるので更に旅が楽しめた。
ということで。。
運転を友人に任せて、修理はプロに任せるしかないので先ほどのコーチレーンに戻り、軽く一杯飲みながら待つことにした。
Cute Hoorというハイネケンアイルランドのアイリッシュペールエールをいただいた。
一杯いただいて、車に戻ると、まだまだ復旧せず。
レンタカー会社と協議した結果、この車はこのままここに置いておくことになり、キーをレンタカー会社の指定の近くのホテルに預けて、タクシーを手配してくれることになった。
狭いタクシーに揺られながら移動し、結局、ダブリンのホテルに到着したのは日付が変わった午前2時。
久しぶりにヘトヘトになった移動だった。
翌日は本当は早朝からポートマーノックホテル&ゴルフリンクスをラウンドしてから昼からロイヤルダブリンという予定だったが、レンタカー会社にタクシー代などのリファンドと車の借り換えなどの手続きが必要なので、午前中のラウンドをキャンセルすることになった。
7章.ダブリンに帰還
アイルランド15日目
今回のアイルランドゴルフ旅でいろいろなお酒を楽しむことができた。
アイルランド滞在も明日の早朝まで。その滞在中に飲んでおきたいお酒があと3つある。
1つめは、昔は密造酒だったポチーンというお酒。
2つめは、キルケニーというエール。
3つめは、世界最古のお酒と言われる蜂蜜酒のミード。世界中で飲まれているがアイルランドの習慣からハネムーンの由来にもなっているお酒。
この3つを何としても本日中に飲む、もしくは入手しておきたい。
テンプルバーにあるバー、その名も「テンプルバー」で探してみる。
まずはポチーンから。
「ポチーンはありますか?」と聞いたらすんなりと出てきた。しかも、2種類のポチーンが出てきた。
ポチーンは昔、各家庭でこっそりと小さなポット(ポチーン)で蒸留して飲まれていた密造酒。
300年間もの間、法律で禁止されていたが1997年に一部の製造業者が許可を得て合法的に製造販売するようになった。
「どちらがいい?」と聞かれたのでせっかくなので両方を飲み比べることに。
ポチーンを飲んだら、どこかで飲んだ味だと思って記憶を辿ってみた。
アイルランドに来て5日目の夜、ウィックロー州のウッデンブリッジホテルのバーでアイルランド人と意気投合し、早朝3時半まで一緒に飲んだ時、そのアイルランド人におごってもらってたお酒の味と一緒だと思い出し、あれもポチーンだったと今、わかった。
ずっと探していたお酒を知らない間に飲んでいたというオチだった。ポチーンは黒糖焼酎の原酒に更にパンチを効かせたようなスピリッツで60度もあり飲みごたえがある。
ふとカウンターを見ているとこちらもアイルランド滞在中に飲んでおきたかったビールのキルケニーを発見。
ずっと探していたお酒がどちらもこのバーで見つけることができるとは、ラッキーだった。
キルケニーはスミティックスの醸造所が輸出用に製造しているビールらしいのでアイルランド国内で販売しているところは少ないようだ。グラスは飲みなれたスミティックスだが中身はキルケニー。
探していた3つのうち2つをクリア。
ここでもう一つ飲みたかった「ミードはあります?」と聞いてみるも置いてないとのこと。
もう少し、町を散策してミードを捜索することにした。
先ほどのテンプルバーにウイスキーショップがあるので入ってた。
店名もテンプルバー・ウイスキー&タバコショップという名前なので同じ経営のようだ。
いろんなウイスキーやポチーン、アイリッシュジン、アイリッシュウォッカなども販売されていた。




北アイルランドのベルファストのアイリッシュウイスキー、Dunville’s Old Irish Whiskey PX。12年以下のアイリッシュシングルモルトウイスキーの中ではベストだとこのお店が評価していて、試飲させていただいた。まろやかで美味しかった。
ミードがあるかどうか聞いてみたが、置いてないとのこと。しかし、アイリッシュウイスキーミュージアムというところが近くにあり、そこのショップなら置いてあるかもと教えてくれたのでそちらに行ってみることにする。
人類最古の酒と言われている蜂蜜酒のミード。
蜂蜜に水を加えるだけで発酵するので、ミードはアイルランドだけではく世界中で飲まれている。
そのミードを探して、トリニティカレッジの前にあるアイリッシュウイスキーミュージアムに。
中にはジェームス・フォックスというウイスキーショップに入ってみた。
品ぞろえは先ほどのテンプルバーウイスキーショップのほうが多いが、グレンダロウのポチーンだけでも3種類、販売していた。
そして、探していたミードをようやく発見。一本購入して、帰国後に自宅で飲んでみた。
ミードはアイルランドでは結婚して最初の満月の夜から一か月間、新郎に飲ませて子作りに励むという習慣がある。蜂蜜から造られているので精力をつけて、丈夫な子どもができるようにということなのだろうか。
蜜月な一か月、ハネムーン(Honeymoon)の語源はここからきている。
ミードをまずは冷やして飲んでみると、蜂蜜の香りがして甘いが飲みやすく食前酒としてよさそうだった。温めても美味しいということなので温めて飲んでみると、甘さが増した。つまみはいろいろ試したが塩昆布が一番あうと思う。
そろそろ昼からのラウンドのロイヤルダブリンの時間になるのでゴルフ場に向かうことにした。
ダブリン市内の川の砂が堆積してできた島に造られたリンクス
アイルランドゴルフ旅の最終ラウンドでもある第17ラウンドはアイルランド共和国のダブリン州にあるロイヤルダブリンゴルフクラブ。
1885年にダブリンゴルフクラブの名前でダブリン市内に流れるリフィー川の北側にあるフェニックスパークのマガジンフォートという場所で開場。
そして1889年に現在の場所のブルアイランドに移り、ハリー・コルトの設計でオープン。
ロイヤルの称号は1891年に授与された。
このブルアイランドは、ダブリン港が干潮時に水深が浅くなり、船の行き来が難しくなることがあり、これを解決するべく、潮の流れを変えるために海岸から2マイルの位置に1823年にブルウォールと呼ばれているグレートノースウォールという壁を造ったことで誕生した島。
ブルウォールが造られたことにより、船が干潮時でも安全に航行できるようになったのだが、その副産物として、砂が堆積してブルアイランドができた。
その後、2006年にはマーティン・ハウツリーがコルトが設計した遺産を守りながら、現代ゴルフに対応した改造を行った。
ハウツリーが行った改造はグリーンをリフトアップ、6・7・8番ホールの完全な再設計などを行い、全体で400ヤード以上もコースが延長された。


海の砂が堆積してできた島ということもあり、地形はフラットなので、気楽にプレイすることができた。


私は旅の最後のラウンドは、その旅のラウンドを振り返りながら気持ちを落ち着かせてラウンドするのが好きだ。最後にプレッシャーのかかるシチュエーションが続くコースより、穏やかな気持ちでラウンドできるほうがいい。ロイヤルダブリンはまさに私の希望をかなえてくれる穏やかなコースだった。
アイルランドの全ラウンド終了。時間は20時前。
明日は帰国。朝の5時には空港に行く必要があるのでこれから町に出て食事をすると遅くなるのでロイヤルダブリンのクラブハウスで夕食を。
まずは今回の旅で、一番よく飲んだビールのアイリッシュエールのスミティックス。
そして二日目の夜にダブリン市内のレストランで食べて今回のアイルランド料理で一番気に入ったベーコン&キャベツを最後にもう一度いただいた。
あとは、ホテルに戻って寝るだけ。
終章.旅を終えて
アイルランド16日目
15泊のアイルランドの旅を終えて、フランクフルト経由で帰国する。
朝の5時前にダブリン空港に。この時間でも空港の免税店は営業中。
最初に目に入ったのはアイルランドの有名チョコレートブランドのバトラーズ。
バトラーズは創業1932年の老舗のチョコレートショップでダブリン市内の本店でホットチョコレートをいただきたかったのだが、何度も店の前を通るもお茶する時間がなく今回は断念。
アイルランドを再訪するときに必ず、立ち寄ってみたい。
そんなこともあり、次回のアイルランド訪問時に達成したいことを備忘録にしてみた。
1.バトラーズ本店のカフェでホットチョコレート
2.ニューグレンジの遺跡の中に入る
3.キンセールの港町でシーフード料理を食べる
4.バレンの巨人のテーブルを見にいく
5.コルカノン(ジャガイモとケールとバターとミルクをまぜたもの)を食べる
6.ダルス(わかめ)を食べる
7.ロイヤルカーラゴルフクラブ(1883年開場、アイルランド島最古のゴルフクラブ)をラウンド
8.ロイヤルベルファスト(1881年開場、北アイルランド最古のゴルフクラブ)をラウンド
とこうして列挙してみると、わざわざそのためだけに行く必要がある項目がなく、今回のアイルランドゴルフ旅は15泊で、ラウンドしたいゴルフコースは全てラウンドできたし、食べたかったもの、飲みたかったものは、ほとんど口にすることができたので充実した素晴しい旅だったのがわかる。
アイルランドは花が溢れ、人も優しく、初めてでもどことなく懐かしい気持ちになれるスコットランドとはまた違った素晴らしさがある国だった。
そして今回の旅で一番、印象に残ったことが2つある。
1つめは、自然や地形。去年訪れたグレートブリテン島のスコットランドと今回訪れたアイルランド島でのゴルフコースの印象が全く違ったことだ。
感じたことを言語化するまで完全に消化できていないので稚拙な表現になるがアイルランドの地形を単語で表現すると「ダイナミック、荒々しい、緑が濃い」という印象を受けた。一方、スコットランドは「緩やかな曲線、洗練された、淡い緑」という印象になる。1年の違いはあるが同じ夏の時期に訪れていて隣同士の島なのに明らかに印象が違った。もちろん全てのコースが当てはまるということではなく平均的にという意味ではあるが。
これは、どちらが優れているという話ではなく、どちらにも良さがあると思う。
2つめは、人。スコットランド人は元を辿れば、アイルランドから移り住んだケルト人を示す「スコット族」であると言われているし、民族的にも共通するところが多いのだが、アイルランド人は「大らか、陽気」という印象でスコットランド人は「厳格、誠実」という印象でこれまた全く違う印象だった。これだけ見るとスコットランド人は優しくなさそうではあるが、そんなことはない。どちらも優しい人々ではある。
この違いはカトリックとプロテスタントという宗教の違いもあるかもしれないが、それだけではないと思う。アイルランド人が「大らか、陽気」なのは長い間、植民地政策で苦しめられている中、希望を捨てずに堪えてきたという強さの裏付けではないかと思う。
一方、スコットランド人の「厳格、誠実」は17世紀にスコットランドで始まったフリーメイソンの影響があるような気がしてならない。フリーメイソンがあったからゴルフクラブができたわけで、ここまでゴルフが世界中に広がるきっかけの1つがフリーメイソンだと思う。
そんなことを帰りの機内で考えているとイングランドとウェールズにも違いはあるはずなので、いつか訪れたいと思った。





















































































































































