ゴルフにハマって8年。
そこから、日本国内だけでなく、タイ、ハワイ、台湾、アメリカ本土、韓国でゴルフをしてきた。
そして今年、1月にオーストラリア、2月にメキシコと訪れ、海外は大体170コースぐらいラウンドしただろうか。
様々な国でゴルフコース黄金期、モダンコース期、モダンクラシック期とそれぞれの時代のコースをラウンドすることで、ゴルフコースを目利きする力も備わってきた。
いつかはスコットランドに、と思っていたが、いよいよゴルフの原点、スコットランドゴルフ旅が始まる。
旅の行程は、スコットランドの首都エディンバラから始まり、イーストロージアン、エアシャー地方、キンタイア半島のキャンベルタウン、アバディーン、サザーランド地方、インバネス・スペイサイドエリアと移動し、そして最後に再びエアシャー地方でゴルフをしてグラスゴー空港から帰国という13泊の行程だった。
ラウンドしたゴルフ場は、マッセルバラリンクス、ガランNo.1、ルネサンスクラブ、ノースベリック、ウエスタンゲイルズ、ターンベリー・アイルサコース、マクリハニッシュ、マクリハニッシュデューンズ、トランプインターナショナル、ロイヤルアバディーン、クルーデンベイ、ブローラ、ロイヤルドーノッホ、マレイ、キャッスルスチュアート、ダンドナルド、ロイヤルトルーン、プレストウィックと18ラウンドしてきた。
(※この旅は2015年に訪れたスコットランドへのゴルフ旅を読みやすくまとめなおしました。スマホの場合は縦画面だとゴルフコースの写真のキャプションが画像に被ることがあるので、その場合は横画面にすると写真が見やすくなります。)
今回の旅で移動したルート
序章.いざ、スコットランドへ
まずは、羽田からロンドンのヒースロー空港に。
ヒースロー空港でスコットランドのエディンバラ行きの飛行機の乗り継ぎ待ち。
空港内のターミナル5のセキュリティーを通過したところにあるレストランで軽く一杯飲みながら過ごすことにした。
イギリス第一食目は、イギリスの国民食とも言われているフィッシュアンドチップス。
空港のレストランなのであまり期待はしてなかったが、脂でギトギト。
イギリスでは食に期待できないと言われているが、この旅の間で、おいしいフィッシュアンドチップスを見つけたいと思った。
そんなことを考えていると乗り継ぎの時間になり、スコットランドの首都、エディンバラへ。
1時間半ぐらいのフライトで到着。到着したのは21時半。まだまだ明るい。
タクシーに乗り、本日の宿に。今日から3連泊。
ホテル予約サイトのおススメで出てきたホテルがグレイウォールズホテルというホテルで、良さげだったのでここに決めた。
予約してから知ったのだが、あのミュアフィールドの横にあるホテルだった。3連泊するとミュアフィールドに空きがあればブッキングもできるホテルだった。
このホテルは古いが、食事が美味しく、サービスもフレンドリーで心地よく滞在できた。
私が予約したのは直前だったのでミュアフィールドの空きはなかったが、ミュアフィールドは来年以降、ラウンドしたいなと思っていたので、その時もこのホテルに泊まりたいと思う。
スコットランド初日は疲れもあり、シャワーを浴びたらすぐに眠りについた。
1章.エディンバラとイーストロージアン
スコットランド二日目
今日は午前中は17世紀初め頃からゴルフコースがあったリースリンクスの跡地巡りと、かつてギネスに現存する世界最古のゴルフコースとして認定されていたマッセルバラリンクスをラウンドして、午後からはガランゴルフクラブNo.1コースをラウンドする予定。
スコットランドに来て最初の朝食はホテルのレストランで。
グレイウォールズホテルのレストラン「シェ・ルー・レストラン」はフランスのブルゴーニュ生まれのアルベール・ルーが展開しているレストラン。
アルベール・ルーはイギリスで初のミシュラン三ツ星を獲得したル・ガブロシュをオープンした偉大なシェフ。
朝食メニューからフル・スコティッシュ・ブレックファストをオーダー
ベーコン、ソーセージ、トマト、マッシュルーム、ブラックプディング、ハギスに卵を二個。トマトは必ず焼いてでてくる。
そして、このフル・ブレックファストは地域によって呼び名が変わる。
イングランドではスコティッシュの部分がイングリッシュ、ウェールズならウェルシュ、アイルランドならアイリッシュと変わり、スコティッシュの特徴はハギスが入っていること。
上の黒いのがブラックプディング(豚の血のソーセージ)で下の茶色がハギス。
ハギスは、羊の内臓をミンチ状にしてオート麦、ハーブと一緒に羊の胃袋につめて蒸した食べ物。
同じイギリスでもイングランド人は食べないと言われている食べ物だそうだ。
ミュアフィールドのコースを眺めながら朝食をいただけるのは贅沢なひとときだった。
お腹がいっぱいになったのでエディンバラの歴史あるゴルフコースの跡地に見学に行くことにする。
17世紀初期に存在していたゴルフコース跡を訪問
ガランの町から西にエディンバラの町の方向に移動。
まずは1600年初期から存在していたリースリンクスの跡地を訪問。
リースリンクスは5ホール、2221ヤードのパブリックコース。1888年に都市開発のためにコースはなくなり、現在は公園に。
公園の東側にはかつてここにリースリンクスが存在していたということを示している石碑が設置されていた。
このリースリンクスでプレーしていたゴルファー達がラウンド後、近所のパブに集まり、1744年にジェントルメン・ゴルファーズ・オブ・リースというスコットランド最古のゴルフクラブを結成し、最初の13カ条のゴルフ規則を作成した。
その後、1768年にオナラブル・カンパニー・オブ・エディンバラ・ゴルファーズと名前を変更。
1836年にはホームコースをマッセルバラリンクスに移した。
しかし、マッセルバラリンクスの混雑に伴い、1891年に自分達専用のコースを持つことになった。
そのコースがミュアフィールドである。
ちなみにセントアンドリュースをホームコースにしているロイヤル&エインシェント・ゴルフクラブ・オブ・セントアンドリュース(R&A)の前身のソサエティ・オブ・セントアンドリュース・ゴルファーズが結成されたのは1754年とリースのクラブより10年後である。
そしてジェントルメン・ゴルファーズ・オブ・リースをスコットランド最古といったのにはわけがあり、世界最古のゴルフクラブは別にあるのだ。
スコットランド国王のジェームス6世(イングランドではジェームス1世)が1603年にイングランドの王位を継承するためにロンドンにやってきたときに、当時リースリンクスでゴルフをしていた人達が一緒に移住して設立したブラックヒースゴルフクラブ(1608年設立)が世界最古と言われている。(※諸説あり)
つまりリースリンクスでは1600年初期以前からゴルファーがゴルフを楽しんでいたのである。
1744年の時点でのリースリンクスが存在していた時の5ホールのコースレイアウトも石碑に記されていた。
リースリンクスは以前は世界最古のゴルフコース跡とも言われていたが、現在はセントアンドリュースが世界最古のゴルフコースであるとギネスに認定されている。
これはリースリンクスでゴルフをしていたと確認できる文献で一番古いのが1619年で、一方のセントアンドリュースは、1552年にはゴルフをしていたと文献で確認できるのが理由である。
しかし、厳密に言うとリースリンクスもそうだし、その他のこの時期に存在していたコースの本当の開場年はどのコースも文献に残っていないのでわからないのが実際のところだ。
スコットランドゴルフ旅は世界最古の1つのゴルフコース跡の散歩からのスタートだった。
この後は、現存する世界最古のゴルフコースだとかつて言われていたコースをラウンドしに行くことにする。
そのコースは先ほど説明したリースリンクスからオナラブル・カンパニー・オブ・エディンバラ・ゴルファーズがホームコースを移したマッセルバラリンクスである。
かつて現存する世界最古のゴルフコースと言われていたコース
スコットランドの最初のラウンドは、かつて現存する世界最古のゴルフコースと言われていたマッセルバラリンクスに。
1567年にはこの地でメアリー女王がゴルフをした言い伝えがあるが、1672年3月2日にマッセルバラでゴルフをしたというドキュメントが残っているのでそれを持って世界最古のゴルフコースと認定しているとギネスの認定証に書かれていた。
このギネスの認定は2009年に認定されたのだが、その後、ギネスはセントアンドリュースを世界最古のゴルフコースとして認定しなおした。
これは1552年に出された「ハミルトン大司教の憲章」に、セントアンドリュースのリンクスでウサギを繁殖させるウサギ小屋の設置を許可する内容が書かれていたのだが、それにあわせて「ゴルフ、フットボール、射撃、その他あらゆる娯楽」も引き続き、使用許可を出したことが書かれていたことを確認できたのが理由である。
マッセルバラは最初は7ホールで開場し、1832年に8ホールに、更に1870年に現在の9ホール(2954ヤード、パー34)に拡張。
このゴルフ場が面白いのは競馬場のトラックの中にコースがあるのだ。最初にゴルフコースがあり、その後、それを囲むように1816年に競馬場が建設された。




1874年から1889年の間に6回も全英オープンの会場になったコースでもある。
かつて全英オープンは1891年までセントアンドリュース、プレストウィック、マッセルバラの3コースのみで開催されていた。
最初は一人でラウンドするつもりだったが、1つ前の組の地元の年配のゴルファー二人組が一緒にラウンドしようとお誘いがあったのでジョイントした。
1番ホールはいきなり競馬場のトラック越えの240ヤードもあるパー3だった。


同伴プレイヤーはそんなにゴルフは上手ではないのだが、垂直なソッドウォールバンカーからのバンカーショットは簡単に脱出していたのが印象的だった。


スコットランドの初ラウンドが、17世紀から存在していた歴史あるゴルフコースからのスタート。
素晴しい旅のプロローグだった。
マッセルバラでのゴルフを終えて、宿泊しているガランの街に戻ってきた。
ランチをガランの街のオールドクラブハウスというレストランで食べることにした。
この建物はその名の通り、ランチの後、ラウンドするガランゴルフクラブの1889年に建てられた古いクラブハウスだった。
まずは、イギリスで一番ポピュラーなラガーのカーリングで喉を潤した。
スコットランドの漁師のスープ、カレンスキンク(スモーク鱈のスープ)は、スモークされた鱈の風味がスープに溶け込んで美味しかった。
そして、モンクフィッシュ(鮟鱇)のフィッシュアンドチップスもいただいた。
右にあるモルトビネガーをたっぷりかけていただくのがイギリス流の食べ方。
ガランの丘の上に広がるコース
スコットランドゴルフ旅の第2ラウンドはガランゴルフクラブNo.1コース。
ガランゴルフクラブの設立は1882年だが、ここガランのリンクスでは350年以上も前からゴルファーがプレイをしてきた歴史がある。
ガランゴルフクラブより設立が古いディレントンキャッスルゴルフクラブ(1854年)もこのガランのリンクスをホームコースにしている。
このように昔から、ガランのリンクスではゴルフがプレイされていたが、コースのレイアウトが記録に残っているのは1840年の7ホールのレイアウトが最初の記録のようだ。
その後、1878年には15ホールにメンバー達が拡張。そして1884年には全英オープンを4度優勝したウィリー・パークが18ホールに拡張。
1898年にはガランNo.2、1910年にはガランNo.3をその息子のウィリー・パークJr.が設計し、No.1のコースの改造も担当した。(ウィリーパークJr.も全英オープンを2度制している)


3番ホールはThe 500 World’s Greatest Golf Holesに選ばれている。
ちょうどラウンドした前週にNo.1とNo.2のコンポジットで2015年のスコティッシュオープンが開催されていたばかりでその観客スタンドなどの撤去作業中の中でのラウンド。


広大なガランの丘を贅沢に使用し、のんびりとした空気が流れるリンクスだった。
今夜はガランのコースのすぐそばにあるザ・メインコースというイタリアンで。
前菜は、モッツァレラ・ディ・バッファロー(モッツァレラチーズと自家製トマトジャムとバルサミコソース)
オリジナルカクテルのザ・ゴルファー(ウォッカ、シャルトリューズヴェール・ペルノ、レモンジュース、アンゴチュラビターズ)がさっぱりして美味しい。
メインはハギス・ラビオリ。ハギスをパスタで挟んでウイスキーとクリームソースで味付けしたスコットランド風イタリアンで。意外な組み合わせだが美味しかった。
そして、デザート代わりに店名を名付けたカクテルのメインコース(ヘンドリックジンに秘密のお酒にキュウリをたっぷり)でしめた。
スコットランド3日目
今日の朝食も昨日と同じくシェ・ルー・レストランで。
昨日はフル・スコティッシュ・ブレックファストだったので今日は別のものに。
今日も2ラウンド。
午前中はルネサンスクラブ。
午後からは今回の旅で最も楽しみにしているコースの1つのノースベリックをラウンドする。
ヨーロッパ初のトム・ドーク設計のコース
スコットランドゴルフ旅の第3ラウンドはルネサンスクラブ。
開場は2007年。設計はトム・ドーク。ドークが初めて、ヨーロッパで設計したコースだ。
ドークのコースは、アメリカ・オレゴン州でパシフィックデューンズとオールドマクドナルド、オーストラリア・タスマニア島でバーンボーグルデューンズとラウンドしてきて、どのコースも素晴らしかったので楽しみだった。


ラウンドした感想は、パシフィックデューンズやバーンボーグルデューンズに比べると大人しい印象を受けた。土地の持っているポテンシャルの差なのだと思う。
世界で最もコピーされたホール、レダン
スコットランドゴルフ旅の第4ラウンドはノースベリックゴルフクラブ。
地元の人達はウエストリンクスという愛称で呼んでいる。
これはノースベリックの街に東側にグレンゴルフクラブというリンクスがあり、こちらをイーストリンクスと呼ぶに対して、ノースベリックが西側にあるからのようだ。
ノースベリックゴルフクラブは1832年に設立。


各ホールにはホール名がつけられている。
15番のパー3のレダンは世界中のコースでコピーされている名ホールと言われていて、今までもコピーされたレダンホールはいくつかのコースで経験してきたが、そのオリジナルを体験できるということで、ラウンド前から楽しみにしていた。
米国ゴルフマガジン社が発表しているTop 100 Course in the Worldに2007~2023年と現在もランクインしていて評価は年々上がり、2023年は30位になっている。
そして7番、9番、15番ホールは、The 500 World’s Greatest Golf Holesにも選出されている。
更に15番のレダンはこの500ホールの中から18ホールだけ選ばれるThe Best Links HolesとThe Best Green Sites in The World(もっとも優れたグリーン周りのホール)に、7番ホールはThe Best Short Par4sも選出されている。


実際、ラウンドした感想は、素晴らしいコースで感動の連続だった。
海岸線を活用したホール、ブラインドでその先がどうなっているのか想像力を掻き立てられるホールなどワクワクするホールが続くが、一番驚いたのはコース内に石垣があり、その石垣も上手にレイアウトに組み込まれていたことだ。石垣の方がコースを造るより前にあり、それを取り壊すことなく活用しているのが面白かった。


一番楽しみにしていたレダンホールは、ティーイングエリアに立って「えっ!?」と思わず声をあげた。
ティーからグリーンの左サイドは見えるが、正面の丘でグリーン全体が見えないのだ。
今までいくつかのレダンホールをラウンドしてきたが、想像していた景色とは全く違ったので驚いたのだ。
ティーショットを打ってグリーンに向かって歩いていくとグリーンが見えてきた。


感動と驚きの連続のラウンドで、今まで私がラウンドしたコースの中で一番好きなコースはペブルビーチゴルフリンクスだったのだが、それに匹敵するぐらいの感動を覚えた。
ペブルビーチとノースベリック。
ペブルビーチは感動がダイナミックに伝わる緩急があるコース。
ノースベリックは感動がずっとジワジワと続き、全ホールがワクワクするコース。
感動の波が違うので比較できず私の中では両方No.1のコースになった。
わかりやすく一言で感動の波を説明すると、動がペブルビーチで静がノースベリックだと思う。
ガランの街でルネッサンスクラブ、ノースベリックと2ラウンドした後、夕食は宿泊先のグレイウォールズホテルのレストラン「シェ・ルー・レストラン」でいただくことにした。
すでに二日連続、朝食をいただいていて、その時にも紹介したが、フランス、ブルゴーニュ生まれのアルベール・ルーが展開しているレストランでアルベール・ルーはイギリスで初のミシュラン三ツ星を獲得したル・ガブロシュをオープンした偉大なシェフ。
まずはハギス。ハギスが苦手な方でも食べることができそうな上品な味付け。そもそも見た目がハギスだとわからない。




その後は、クリームスープに、卵をたっぷり練りこんだタリアテッレとデザートはピーチとクリームブリュレ。どれも素晴らしい料理だった。
2章.クライド湾が広がるエアシャー地方へ
スコットランド4日目
グレイウォールズホテルに宿泊して三日目の朝。
今日はターンベリー方面まで移動して宿泊予定。朝食前にグレイウォールズホテルの周辺を散歩。
グレイウォールズホテルの最後の朝食はスモークサーモンで。
今日はこれから南下してエアシャー地方のターンベリー方面に移動。途中にあるウエスタンゲイルズでラウンドしてから向かう。
線路とアーバイン湾に挟まれた土地に造られたリンクス
スコットランドゴルフ旅の第5ラウンドはウエスタンゲイルズゴルフクラブ。
1897年に設立。グリーンキーパーで雇われたF・モリスがコースを設計し、1970年代にフレッド・ハウツリーが数ホールを改造するまでは手つかずままだった。


コースの西はアーバイン湾、東にはグラスゴーセントラル駅へと向かう鉄道の線路が南北にまっすぐ続いている。
全英オープンが近くのロイヤルトゥルーンとターンベリーで開催されるときには最終予選の会場になっているコースでもある。
また14番ホールはThe 500 World’s Greatest Golf Holesにも選出されている。


メモラビリティが高いコースではないが不思議と記憶に残る、のんびりとした空気が流れている素敵なリンクスだった。
ターンベリーに移動する前にクラブハウスでランチを取ることにした。
バタード・ハドック・サーブド・ウィズ・チップ&ピーズを鱈のバターソテーかと思ってオーダーしたら、またまたフィッシュ&チップス。
毎日、どこかでフィッシュ&チップスを食べている。
しかし、ヒースロー空港で食べたフィッシュアンドチップスは脂ギトギトだったが、こちらのはサクッと揚がっていて美味しかった。
迎えの時間まで、もう少し時間があるのでビールを飲んで外の景色を見ながら待った。
今夜はターンベリー方面で宿泊。ここから車で30マイル南下。
2度の世界大戦中に軍用飛行場になり復活したリンクス
ターンベリーに到着。
別行動だった友人がトランプターンベリーで宿泊しているので、私のホテルは近くの別のホテルだったが、トランプターンベリーのホテルにお邪魔してみた。
翌週から開催される全英女子オープンの準備でスタンドやメディアセンターなどの建物が建っていた。


食事はトランプターンベリー内にある1906レストランにて。
1906はこのホテルがオープンした年である。
まずはスモークサーモンを白ワインでいただいた。このスモークサーモン、今まで食べたスモークサーモンの中で一番美味しいと感じた素晴らしいスモークサーモンだった。
そして、スコッチビーフのフィレをラフロイグのハイボールで。こちらのスコッチビーフも肉の旨味が凝縮していて美味しかった。
夕日を眺めながら食事ができる素晴らしいレストランだった。食後は同じホテル内のバーで軽く一杯。
明日はターンベリー・アイルサコースをラウンド予定。
全英女子オープンが開催される直前なのでコンディションも最高だと思うので楽しみだ。
スコットランド5日目
朝食は宿泊したホテルのレストランからアラン島を眺めながらピート・スモークド・ハドッグ・フィレをいただいた。ピートでスモークした鱈にポーチドエッグが乗っていた。
ピートで燻された香りが素晴らしい朝食で朝からスコッチが飲みたくなってしまった。
スコットランドゴルフ旅の第6ラウンドはターンベリー・アイルサコース。
2014年にドナルド・トランプがコースを買収し、トランプターンベリーリゾートとコース名が変わった。
コースは1901年にトルーンゴルフクラブ所属のウィリー・ファーニー(1883年全英オープン優勝)が設計。その後1906年にグラスゴーから鉄道が繋がり、ターンベリーのホテルも造られた。
高級リゾート地としてスタートをしたが、第一次世界大戦でイギリス軍の軍用飛行場になり、閉鎖。
戦後はジェームス・ブレードが復元。しかし第二次世界大戦がはじまり、再びイギリス空軍基地となり、ゴルフコースは滑走路の下に消えてしまう。
そして終戦後、1946年にマッケンジー・ロスが現在のレイアウトで復活させた。


米国ゴルフマガジン社が発表しているTop 100 Course in the Worldに初回の1983年から2023年までずっとランクインをしていて、最高位は16位(1995、2017年)。
9番ホールは、The 500 World’s Greatest Golf HolesのThe One Hundred(ベスト100ホール)に15番、16番ホールはThe Five Hundredにも選出されている。
更に9番ホールは、この500ホールの中から18ホールだけ選ばれるThe Best Ocean HolesとThe Best Holes You Can Play(誰でもラウンドできるコースの中から選ぶベスト18ホール)にも選出されている。


翌週から全英女子オープンが開催されるのでコースコンディションは完璧。
海に浮かぶ花崗岩の島、アイルサ・クレイグ島や9番ホールと10番ホールの間にある白いターンベリーライトハウスがアクセントになる風景はとても美しいコースだった。
ターンベリーでのラウンドを終えてトランプターンベリーのラウンジでアイルサクレイグ島とアラン島を眺めながらクールダウン。
いつものように喉の渇きをジントニックで癒してから、スコッチに。
ローランドモルトのオーヘントッシャンのスリーウッドをストレートで。
サービスでオーヘントッシャン21年を少し出してくれた。21年は香りが素晴らしかった。
夕食もここで取ることにした。トランプターンベリーズ・シグネチャー・リブステーキバーガー。
明日はこの海の向こうの反対側のキンタイア半島のマクリハニッシュでゴルフ。
最後は明日の目的地の近くのキャンベルタウンの蒸留所スプリングバンクのハイボールで締めた。




別行動だった友人が迎えに来てくれた。
今夜はここから北に30マイルの地点にあるアーバインのB&Bに宿泊して早朝にキンタイア半島に向かって出発する。
3章.最果ての地、キンタイア半島へ
スコットランド6日目
昨夜はアーバインのB&B、ブレイドミードハウスに宿泊
朝食はB&Bでスコティッシュブレックファスト。
2日めのスコティッシュブレックファストでなかったものは真ん中のベイクドビーンズと右下のポテトスコーン。
これからキンタイア半島に移動。
キンタイア半島への移動は車・飛行機・フェリーなどあり、時間はかかるが、ぜひ車をお勧めする。
キンタイア半島のキャンベルタウンに続くA83号線を走りながら、見える車窓からの壮大な風景は素晴らしく、半島の南端に到着したときに、最果ての地にやったきたという感動が味わえるので最高だ。



アーバインからキャンベルタウンに3時間40分で到着。
まずはウイスキーバーオブザイヤーを受賞したアードシールホテルの中のバーでランチ。
ここのバーは700種類以上のスコッチを揃えていて、バックバーにはキャンベルタウンのスコッチもたくさん並んでいた。
キャンベルタウンは最盛期の1800年代の中頃には30以上もの蒸留所があり、世界のウイスキーの首都とも呼ばれた時代があった。それが現在は2002年に復活したグレンガイルを含め、スプリングバンク、グレンスコシアの3つの蒸留所しか残っていない。
衰退した理由は、20世紀に入るとウイスキーはブレンデッドウイスキーが好まれるようになり、薫り高いハイランドモルト、個性の強いアイラモルトに人気が出て三回蒸留が売りの柔らかいキャンベルタウンモルトの需要が減ったことがきっかけで、アメリカの禁酒法により、アメリカ向けの粗悪な密造酒造りに走り衰退していったというのが理由のようだ。
スコッチをいただく前に、のどを潤すためにまずはファインエールズというキンタイア半島の付け根のクラカンという街で醸造されているエールでスタートした。
スモークハドックパンケーキと港で獲れたての魚を使ったフィッシュプレートをオーダー。




スコッチは、グレンスコシア・シングルカスク・ピーテッドカスク511とヘーゼルバーンのシェリーウッド9年をストレートでいただいた。
スモークハドックパンケーキは、キンタイア産のチェダーチーズが使用されていた。どちらの料理もおいしくいただけた。
お腹もいっぱいになったので、マクリハニッシュに移動してゴルフというところだが、せっかくキャンベルタウンにまでやってきたのでスプリングバンク蒸留所に行ってみた。
スプリングバンク蒸留所はかつてキャンベルタウンにあったロングロウ蒸留所とヘーゼルバーン蒸留所のウイスキーを復活させて同じ蒸留所で造っている。
ちなみにヘーゼルバーンは、マッサンこと竹鶴政孝がウイスキー造りを学んだ蒸留所だ。
ちょうど見学ツアーが始まるところだったので所要時間を聞くと1時間ほどかかるとのこと。この後にゴルフなので見学ツアーは諦めて外観だけ見学することに。




街中をいろいろと撮影をしていていた写真の中に、偶然にヘーゼルバーン蒸留所だった建物を撮影していた。
そして、見学ツアーの代わりに近くで試飲ができるケイデンヘッズ・ウイスキーショップという酒屋を教えてもらったのでそちらに行ってみた。
ケイデンヘッド社はアバディーンで1842年に創業したボトラーズの老舗で、同じく老舗のゴードン&マクファイル社(1895年創業)よりも古く、スコットランド最古の独立系のボトラーズである。
そんなケイデンヘッド社も1972年にスプリングバンクの傘下に入り、拠点をキャンベルタウンに移した。
店内には試飲用の樽が4つ並んでいた。




一番右の樽は、スプリングバンク蒸留所がかつてあったヘーゼルバーン蒸留所のスコッチを復活させたヘーゼルバーン。ヘーゼルバーンは三回蒸留のためにまろやかな味わいが特徴。
続いて右から二番目は同じくスプリングバンク蒸留所が復活させたロングロウ。2回半蒸留のスプリングバンクがモルトの香水と呼ばれるほど薫り高いのに対して、2回蒸留のロングロウはピートのみで麦芽を乾燥させていてスモーキーな味わい。
そして左にある2つの樽は2002年に復活したグレンガイル蒸留所が蒸留しているキルケラン。グレンガイル蒸留所の復活もスプリングバンクの親会社が絡んでいるので現在のキャンベルタウンモルトは全て同じグループの力で存続させている。
試飲していると、スコッチ好きがばれたのか、店員が奥の部屋にテイスティングルームがあるのでよかったらどうぞと特別に案内してくれた。店員さんが、テイスティングルームにある古いスコッチを説明してくれた。もちろん、テイスティングルームでもいろいろと試飲させていただいた。
そろそろマクリハニッシュのスタート時間、ほろ酔いで心地よくラウンドできそうだ。
美しいキンタイア半島の南端にある歴史あるリンクス
スコットランド第7ラウンドはキンタイア半島の南端にあるマクリハニッシュゴルフクラブ。
1876年開場。当時、セントアンドリュースで活躍していたトム・モリスを招聘して設計。
米国ゴルフマガジン社が発表しているTop 100 Course in the Worldに2007年から2019年まで、そして2023年にランクインした。最高位は88位(2017年)。
1番ホールはThe 500 World’s Greatest Golf Holesにも選出されていて、更にこの500ホールの中から18ホールだけ選ばれる3つの部門にも選ばれている名ホールなのだ。
まずはThe Single Best Holes by Number、書籍内で選出されている全1番ホールの中で最も素晴らしい1番ホールとして選出。(※ちなみに18番ホールはペブルビーチの18番ホールが選出されている。)
続いてThe Most Heroic Holes(最もヒロイックなホール。※ティーショット、もしくはセカンドショットを危険なルートで攻めて成功すると次のショットが有利になるホール)とThe Best Ocean Holesにも選出されている。
その1番ホールは、海とビーチ越えの左ドッグレッグのパー4。
ビーチには人が普通に横切って歩いていて、ティーイングエリアから左を見ると海の向こうにアイラ島が見えた。アイラモルトが大好きなのでいつかアイラ島にも行ってみたい。


1番ホールは、フェアウェイがビーチに沿ってダイアゴナル(対角線)に延びていて飛距離に自身があるゴルファーはできるだけ左に狙うことで成功すればセカンドショットが楽になるレイアウトで素晴らしいホールだった。


マクリハニッシュGCを一言で表現すると最果ての地にあるゴルファーの楽園。
簡単には来れないのがよいのだと思う。
マクリハニッシュでのラウンドを終えて、ゴルフ場のすぐ横にあるウガデールホテルにチェックイン。
チェックイン後、夕食の前にホテルのレストラン、キンタイアクラブのバーで軽く一杯。
スコットランドのラガー、Tennent’sを。
今回の旅で一番飲んだラガーで、スコットランドのラガーでは60%のシェアを持っている一番メジャーなラガーらしい。
「テネンツ」と発音するのかと思っていたが、その後の他のバーでもどちらかというとスコットランド人は「テネス」という発音で話していた。




ちょうど時間はサンセットの時間。夕日を眺めながらのゴルフ後の一杯は最高だった。
夕食はそのままキンタイアクラブで。
キンタイア産のホタテをパースニップというせり科の根菜のピューレとドランブイを使用したクリームで。そしてスコティッシュサーモンをシトラスバターで。
夕食の後は、ホテルの隣にあるオールドクラブハウスパブで一杯飲むことに。
オールドクラブハウスパブは、その名の通り、1876年の開場時に使われていた古いクラブハウスを改装してパブにして営業している。
一杯目は地元のスコッチを。キャンベルタウンロッホ、スプリングバンク蒸留所の限定のブレンデッドウイスキー。
二杯目は、見たことないジンがバックバーに並んでいるのでそちらをいただいてみた。ケイデンヘッド社のオールドラジェ、蒸留後にサフランを加えて風味と色付けをしているスパイシーなジンだった。




地元のゴルファーもいて、話をしてみるとマクリハニッシュのクラブチャンピオンもいて、ゴルフ談義で話が弾み、お酒をいっぱいご馳走になり、楽しい夜を過ごせた。
明日はマクリハニッシュにできた新しいコースマクリハニッシュデューンズをラウンドする。
スコットランド7日目
朝食はマクリハニッシュのウガデールホテルのレストランで

今日はスコットランドの伝統的な朝食のポリッジにしてみた。
ポリッジはオーツ麦のお粥でアメリカではオートミールと呼ばれている。
イングランドとスコットランドの仲がよくないので以前はイングランド人は「イングランドではオーツ麦は馬の飼料だが、スコットランドでは人が食べる物である」と言われていたことに対して、スコットランド人は「それ故に、イングランドでは馬が優秀で、スコットランドでは人が優れている」と言い返していたのだとか。
オーツ麦は、食物繊維やカルシウム、鉄分などを多く含むために最近では健康志向によりイングランドでもよく食べられるようになってきているらしい。
今日はマクリハッシュの新しいコース、マクリハニッシュデューンズをラウンドしてそのあと、アバディーンに移動する。
マクリハニッシュに新しく造られたリンクス
スコットランド第8ラウンドはマクリハニッシュデューンズ。
前日にラウンドしたマクリハニッシュゴルフクラブの北側に2009年に造られた新しいリンクス。


あのバンドンデューンズのデビッド・マクレイ・キッドが設計した。


マクリハニッシュデューンズはアップダウンが激しく、ラウンド後は通常の1.5ラウンドしたぐらいの心地よい疲労感が残る素晴らしいコースだった。
マクリハニッシュデューンズのラウンドを終えてキャンベルタウンの街に移動してランチ。
これから今夜の宿泊先のアバディーンに移動。260マイル、5時間半のドライブだ。
アバディーンに移動中、巨大な虹がかかっていた。ハワイでの虹は華やかだが、スコットランドでみる虹は幻想的だった。
途中、ダンディーの街に到着。ダンディーの街から東に行けばカーヌスティ、南に橋を渡ればセントアンドリュースである。
夕食をダンディーで食べることにした。
いつもならお店選びはじっくり決めるのだが、空が暗くなり、早めに食事を済ませないとアバディーンへの到着が遅くなるので、目に入ったカスピアンチャコールグリル(現在は閉店)というインド料理屋さんに決めた。
決めた理由は、イギリスはインド移民が多いのでインド料理にはハズレが少ないと言われているからだ。
ベジタブルパコラ、パーパド、オニオンチリソースに2種類のカレーが選べるセットミールをオーダー。
パーパドはパパドやらパパドムやらポッパドムやらいろいろな発音があるが、レンズマメやら米粉に塩とピーナツオイルを加えて薄く延ばして作られるクラッカーのような食べ物。
これにオニオンチリソースを乗せて食べると美味い。これだけでビールがどんどん進む。
そしてベジタブルパコラ、パコラはインドや南アジアで食べられている天ぷらのような食べ物でカレー粉などのスパイスが練り込まれていてこれもいける。美味しいので追加でタンドリーチキンもオーダー。
そして選んだカレーはマドラスチキンカレーとブナベジタブル。




どちらも辛く、そして美味い。
イギリスで食事に迷ったらインド料理というのは間違いなかった。
アバディーンに到着したときは日付が変わっていた。
4章.花崗岩の街、アバディーン
スコットランド8日目
アバディーンの朝の街を散歩してみた。
アバディーンはエディンバラ、グラスゴーに次ぐスコットランド第三の都市。
花崗岩の産地としても知られていて町の建物のほとんどが花崗岩で造られていてとても綺麗な街並みだった。
街で朝食を食べるところを探してみたが日曜日なので朝から営業しているお店は見つからず、ホテルで朝食を取ることにした。
アバディーンダグラスホテルというホテルに昨夜チェックインしていて2連泊する。
バッフェ形式なので好きな物を取ればいいのだが、結局、今日もスコティッシュフルブレックファスト。
今日はアバディーンの北にあるトランプインターナショナルゴルフリンクスをラウンドする。
アメリカの不動産王がスコットランドに造ったリンクス
スコットランドゴルフ旅の第9ラウンドはアバディーンの北にあるトランプインターナショナルゴルフリンクス。
今回の旅は18ラウンドの予定なのでこのラウンドを終えるとちょうど半分が終了。
開場は2012年。世界中にゴルフコースを造り、そして買収して所有コースを増やしているアメリカの不動産王のドナルド・トランプ(このラウンドした2年後にアメリカ大統領になった)がスコットランドに新設コースとして造ったリンクス。


設計はマーティン・ハウツリー。
祖父がフレドリック・ジョージ・ハウツリー。そして父親がフレッド・ウィリアム・ハウツリーと親子三代に渡り、ハウツリーリミテッドというゴルフコース設計事務所を経営している。
世界で最も長く続いているゴルフコース設計事務所らしい。
祖父のF・G・ハウツリーはジェームス・ブレードとも共同設計をしており、親子三代が、ロイヤルバークデールの改造を担当している。
そんなリンクスを知り尽くした一族の末裔が造ったコースは自然な地形を人の手を使って整形したバランスのよいレイアウトのコースだった。


米国ゴルフマガジン社が発表しているTop 100 Course in the Worldに2013年から2017年までランクインしていた。最高位は46位(2017年)。
アバディーンで友人達と夕食を食べた後は友人達と別れて、イギリスでしか飲めないカスクコンディションのイギリス産のエールビール、いわゆるリアルエールを飲みに行くことにした。
リアルエールとは何か。
まず、ビールには大きく分けて発酵のタイプで、エール(上面発酵)、ラガー(下面発行)、ランビック(自然発酵)に分けられる。
現在、世界的に飲まれているのは下面発酵のラガー。エールより低い温度(5度ぐらい)でじっくりと熟成させてキレがあり苦みが感じられるビール。
ベルギービールで有名な自然発酵のランビックは酸味が感じられるビール。
そしてエールは常温(15度~25度ぐらい)で短期間で熟成させてフルーティーで薫り高いビール。
そのエールの中でもカスクコンディションのビールをリアルエールと呼ぶ。
次にカスクコンディションとは何か。
カスクコンディションとは樽内熟成という意味で、醸造されたビールが出荷され、パブやバーで最終的に樽(カスク)内で発酵を進ませて、セラーマンと呼ばれる人物が飲み頃を判断して翌日から客に提供されるエールのことを言う。
樽内で熟成されたカスクコンディションのエールは24時間以内に消費しないと発酵が進み美味しくいただけないので、イギリスで造られたカスクコンディションのリアルエールはイギリスでしか飲めない。
そしてリアルエールとわざわざ呼ばれているには理由があり、ケグエールと呼ばれるエールがあり、このケグエールは日持ちさせるために発酵を止めるためにフィルターでろ過して、熱処理をし、樽詰めして出荷される。そして客に提供される時に炭酸ガスを注入して飲まれる。
泡がクリーミーなビールを楽しめるので近年はリアルエールよりケグエールのほうが人気があるようだ。
つまり、リアルエールは自然な発酵、炭酸を楽しめる究極の生ビールなのだ。
そんなリアルエールを飲みに、朝にアバディーンの街を散歩したときに目星をつけていたCASC BARというバーに行ってみた。

綴りが違うが、名前がカスクバーなのでカスクコンディションされたリアルエールがあると思い、お店の中に入るとリアルエールの特徴の木製のハンドポンプのサーバーが見当たらない。お店の人に念のために聞いてみるとやはりこのバーでは取り扱っていないとのこと。
CASC BARのビアサーバーの写真ではないが、このタイプのビアサーバーのお店はリアルエールは取り扱っていない。ガスを注入するケグエールのお店だ。
歩いて2、3分の距離にあるリアルエールを飲めるお店を教えてもらい、そちらに移動。
プリンスオブウェールズというパブ。創業1850年と書いてある。
そしてこちらが木製のハンドポンプのサーバー。正真正銘のリアルエールがいただけるパブ。
写真に写っているセラーマンは、なんと父親がスコットランド人で母親が日本人のハーフのセラーマン。日本語ペラペラのヒロシさん。
さっそくリアルエールを次から次へといただいた。




結局、全種類いただいて、気持ちよく寝れた夜になった。
スコットランド9日目
今日はロイヤルアバディーンとクルーデンベイをラウンド。
昨晩、パブでリアルエールを飲み過ぎて、少しアルコールが残っているので朝食代わりに買い置きしていたショートブレッドで。
小麦粉、バター、砂糖、塩で作られるスコットランドの伝統的なお菓子である。
クッキーはバターに砂糖を混ぜて、その後、卵を混ぜた後に小麦粉を入れるのに対して、ショートブレッドは先に小麦粉にバターを混ぜて最後に砂糖を入れることで、ショートブレッド特有のボロボロした食感になるようだ。
まずはロイヤルアバディーンをラウンドしてくる。旅の後半戦のスタートだ。
「ボール探しは5分まで」のルールを作った世界で6番目に古いゴルフクラブ
スコットランドゴルフ旅の第10ラウンドはロイヤルアバディーンゴルフクラブ。
1780年にソサエティー・オブ・ゴルファーズ・アット・アバディーンという名前で創設され、1815年にアバディーンゴルフクラブに改称。
ロイヤルの称号は1903年に得て、ロイヤルアバディーンゴルフクラブに。
世界で6番目に古いゴルフクラブで「ボール探しは5分まで」というルールが作られたクラブとしても有名。
元々はアバディーンの北側に流れるリバー・ドンと南側に流れるリバー・ディーの間の土地にコースがあったが、1886年に現在の場所に移ってきた。
ロイヤルアバディーンにはメインコースのバルゴウニーリンクスと距離が短い婦人向きのシルバーバーンコースの2コースある。
バルゴウニーリンクスをラウンド。


コース設計はアーチー・シンプソンとロバート・シンプソンのシンプソン兄弟。
そして三巨頭と呼ばれていた一人のジェームズ・ブレイドがバンカーの改造を行った。
近年ではマーティン・ハウツリーが改造を担当。
2014年には、スコティッシュオープンが開催された。


劇的なホールはなく、地味だけど玄人好みのリンクスだった。
ロイヤルアバディーンでのラウンドを終えてクラブハウスでランチをいただくことにした。
クラブハウスの中にはロイヤルアバディーンの象徴の赤いジャケットも展示されていた。
一番ホールを眺めながら食事することができる。スコットランドの伝統料理のスコッチミンチパイをオーダー。飲み物は、ベルヘイブンのベスト(スコッチエール)を。
スコッチパイや単にパイと呼ばれていることのほうが多いかもしれない。中には羊のミンチが入っていた。




北海の断崖にある古城が見えるコース
スコットランドゴルフ旅の第11ラウンドはクルーデンベイゴルフクラブ。
この地でのゴルフは1791年のクルーデンゴルフクラブにまで遡る。
現在のコースより北側のスレインズ城近くで9ホールのゴルフコースがあったという記録が残っている。
そして1899年にグレートノースオブスコットランドレイルウェイがクルーデンベイホテルと一緒に現在の土地にコースを開発。
設計はトム・モリスと助手としてアーチー・シンプソンが担当。
この時、9ホールのレディースコース(セントオラフコース)も同時にオープンした。
クルーデンベイゴルフクラブが設立されたのは1900年の前後で、1926年にはトム・シンプソンとハーバート・ファウラーが改造をして現在のレイアウトになった。
クルーデンベイホテルは、1947年に取り壊されて軍に接収されたが、その跡地に現在のクラブハウスが建てられて現在に至る。


米国ゴルフマガジン社が発表しているTop 100 Course in the Worldに1995年から最新の2023年までずっとランクインしている。(最高位は52位・1999年)
また4番ホールはThe 500 World’s Greatest Golf Holesにも選出されている。(更にこの500ホールの中から最も景観の良い18ホールが選出されるThe Most Scenic Holesにも選出)






クルーデンベイは私が大好きなリンクスの1つになった。
各ホールともメモラビリティーが高く、それぞれ特徴があり、食べ物に例えると、幕の内弁当のようにいろいろと楽しめる素晴らしいコースだと思う。
クルーデンベイをラウンド中に何度か遠くに見えた北海の断崖に佇むスレインズ城。
見学に行ってみることにした。
アイルランド人の小説家ブラム・ストーカーの代表作「ドラキュラ」
その小説に出てくるドラキュラ城のモデルになったのがこのスレインズ城である。らせん階段を登り、二階から、クルーデンベイゴルフクラブ方向を眺めてみた。




今夜の宿泊先はクルーデンベイから110マイル西のインヴァネスの街。2時間半で到着した。
夕食はネス川沿いのレストランのロックプールで。
ビールは1998年にインヴァネスに設立されたブラックアイルのブロンドラガーを。
スープは蟹とスイートコーンのスープ。貝や海老なども入っていてダシがよく出ていて、コリアンダーやココナッツクリームがとても良いアクセントになっていて美味しかった。
グリルしたキングプラウンとホタテのガーリック風味のリングイネ。ホタテも海老もゴロゴロ入っていて大満足。




5章.北部のサザランドへ
スコットランド10日目
今日は宿泊していたインヴァネスから北に向かいプローラGCをラウンド後、ロイヤルドーノッホGCをラウンドの予定。
ブローラに到着。朝食をブローラGCでと思っていたが、この日に限ってレストランのスタッフが遅刻。
代わりにすぐ近くのホテルで朝食を取ることに。
ロイヤルマリーナホテルというホテルがゴルフ場の横にあった。
メニューにハイランダーブレックファストと書いてあるので面白そうなのでオーダーしてみたら、なんてことなかった。いつものスコティッシュブレックファストだった。
今回、初めて食べたのは、オーツ麦で作ったビスケットに似たフラットブレッドのオートケイク。スコットランドでは1世紀の頃から食べられていたらしい。
このホテルの朝食で特筆したいのはクロワッサンがとても美味しかったことだ。




お腹がいっぱいになったので本日の第一ラウンドのブローラGCに戻ることにする。
羊と牛が放牧されているジェームズ・ブレイド設計の名リンクス
スコットランドゴルフ旅の第12ラウンドはブローラゴルフクラブ。
1891年に開場。最初は9ホールでトム・モリスが設計。そして1900年前後にジョン・サザランドが18ホールに拡張。
更に1924年に三巨頭の一人のジェームズ・ブレイドが改造して現在のレイアウトになった。
現在はジェームズ・ブレイドが設計したコースが集まった組織、ジェームズ・ブレイド・ゴルフィング・ソサエティの本部にもなっている。


この地の酪農家たちはコースが造られる前から家畜を放牧していたのでコース内には今でも羊や牛が放牧されていて、牧歌的なコースとはまさにここブローラのことをいうのだと思うぐらい、のんびりとした空気が流れる素敵なコースだった。


そしてグリーンには針金がぐるりと囲まれていた。
最初、意味がわからなかったが、コース内には羊や牛が放牧されているので羊たちがグリーンに入らないようにしているようだ。
このようにところどころ、緑色のチューブで針金が覆われていた。おそらく針金には電気が通っていて、このチューブ部分は絶縁してるので、跨いだ時に誤って触れても安全ということなのだと思う。


ダッファーの私にとっては、コース内のあちこちに羊や牛がいたのでトップさせてぶつけるんじゃないか?といつも以上に慎重にショットしてドキドキ感が味わえるコースだった。


私に羊や牛を気にせずにショットできるようになる日は訪れるのだろうか。。
ラウンドを終了後、クラブハウスでコースを眺めながらランチを。
ちょうど雨が降り出してきた。
バナーマンズ・ブレッデッド・スキャンピをオーダー。
エビフライである。バナーマンズって何だろうと後で調べたら、ハイランド地方の朝に通過してきたテインの街のシーフードの冷凍食品の会社だった。その冷凍のエビフライを揚げているだけなのだが、メニュー名にあえて記載しているのは清いなと思った。
ランチを食べ終えたら、ドーノッホに移動。朝に通過した道を南に戻る。
ドナルド・ロスの恩師、サザランドが生涯愛し続けたリンクス
スコットランドゴルフ旅の第13ラウンドはロイヤルドーノッホゴルフクラブ。
(※一部の書籍などではDornochをドーノックと表記しているが、スコットランドではドーノッホと発音するので当サイトではドーノッホと表記している。ちなみにSt Andrewsは当サイトでは、セントアンドリュースと表記している。発音に似せるならセントアンドルーズだろ?というツッコミがありそうだが、こちらは未だにセントアンドリュースと読まれている書籍・サイトが多いので長いものに巻かれておくことにする。つまりダブルスタンダードである。当ブログのタイトルが気まぐれブログということなのでご理解いただきたい。)
ロイヤルドーノッホにはチャンピオンシップシップコースとストゥルーコースの2コースあり、チャンピオンシップコースをラウンド。
チャンピオンシップコースは、米国ゴルフマガジン社が発表しているTop 100 Course in the Worldに初回の1983年から最新の2023年までずっとランクインしている。最高位は10位(1983、2019、2023年)。
また4番、6番、14番ホールはThe 500 World’s Greatest Golf Holesにも選出されている。(更に14番ホールは500ホールの中から最も戦略的な18ホールが選出されるThe Most Strategic Holesと全リンクスの中で素晴しい18ホールが選出されるThe Best Links Holesにも選出)
ロイヤルドーノッホGCは1877年にドーノッホゴルフクラブとして結成。当初は9ホールのコースだった。ロイヤルの称号は1906年に授けられそれ以降はロイヤルドーノッホゴルフクラブに。


そしてドーノッホと切り離すことができない人物が、ジョン・サザランド。
1883年にドーノッホゴルフクラブのセクレタリー(日本でいう支配人に相当)に就任して1941年に71歳で他界するまでロイヤルドーノッホを愛し、その役職を全うした人物。
彼が、1886年にトム・モリスをセントアンドリュースから招聘して18ホールに拡張。
そしてこの時、まだ12歳だったドーノッホ生まれのドナルド・ロスをトム・モリスに預けてセントアンドリュースに修行に出したものサザランド。
1893年にドナルド・ロスはロイヤルドーノッホに戻り、ドーノッホ所属のプロゴルファーとしてクラブ修理やコース管理を日々の業務としていたが、1899年にドーノッホを去り、アメリカに。
ドナルド・ロスは、その後、全米で413ものコースを設計し、世界的に有名な設計家になった。
代表作のパインハーストNo.2を1907年に設計し、パインハーストを生涯、愛し、改造を続けた。
そんなドナルド・ロスは1921年に恩返しでロイヤルドーノッホに戻り、コース改造を行った。この時、恩師のサザランドとも再会し、サザランドが1つのコースを愛し続ける姿を見て、自分もパインハーストを生涯愛し続けることを誓ったのかもしれない。


サザランドが他界して4年後に第二次世界大戦も終戦。
終戦後、全英オープン覇者のジョージ・ダンカンがロイヤルドーノッホの改造を行い現在のレイアウトに。
このダンカンの改造もサザランドの構想を受け継いだ改造案だったらしい。


14番ホールはロイヤルドーノッホのシグネチャーホール、フォクシー。
この14番ホールにはバンカーがない。
Foxyとは目標物のバンカーがなく距離を見誤ってしまって狐のように騙されるホールと言う意味のようだ。
ティーショットがナイスショットでもセカンドショットがかなり難しいホール。グリーンは横長のプラトーグリーンで地味なホールだが、攻略しがいのある素晴らしいホールだ。


ロイヤルドーノッホはコースレイアウトがよく考えられていてタフで楽しめる素晴らしいコース。
その中でも、小高い丘と海沿いの土地を上手くループさせているルーティングが素晴らしく、穏やかに1番ホールをスタートして3番で海に出会い、少しずつ海に近づいていき、16番グリーン、17番ティー、18番ティーから海を見下ろして終わるという流れが心地良い素敵なリンクスだった。

ロイヤルドーノッホでのラウンドを終えてドーノッホの街で夕食をとることに。その前に少し街を散歩。
ドーノッホキャッスルホテル。16世紀に建てられた城を1947年に改装してホテルにしたようだ。
ホテルの目の前には13世紀に建てられたドーノッホ大聖堂があり、中に入るとステンドグラスが綺麗だった。マドンナが結婚式を挙げた教会としても知られている。






夕食はロイヤルドーノッホの古参メンバーからオススメの店を教えてもらった。
ドーノッホインの二階にあるワンナップというお店。
マッシュルームスープにメインにはチキンにハギスを詰めたサザランドチキン。
これが赤ワインに合い、本当に美味しかった。




夕食を食べた後は今夜の宿泊先のロジーマスに移動。
ドーノッホの街を20時半過ぎに出発。南下して、今朝出発したインヴァネスを通過して西に。
6章.インヴァネス・スペイサイドエリアに
ロジーマスに到着したのは23時前。ロジーマスはスコッチウイスキーの聖地、スペイサイドと呼ばれるエリアの海沿いにある。
明日はロジーマスにあるマレイゴルフクラブをラウンド。(※Morayと綴り、マリーやマレーやモレーなど発音されているが、当サイトではスコッチウイスキーのGlen Morayの日本語表記がグレンマレイなのでマレイと表記する。)
今夜の宿泊先はマレイゴルフクラブのクラブハウスの目の前にある、リンクスロッジに。マレイゴルフクラブのキャプテンが経営しているB&Bだ。
今夜は到着が遅くなることを事前に告げていたので遅い時間まで奥様が起きてくれていて、「一杯どうですか?」とスコッチを勧めてくれた。
スペイサイドのグレンマレイ蒸留所がマレイゴルフクラブのメンバー向けにバーボン樽でスコッチを12年寝かせたクラブモルト。
かつてはグレングラントがマレイゴルフクラブのためにボトリングしていたが、1992年に商業的な理由で個別のボトリングを終了することに。
翌年からはマッカランに依頼、そして2007年からはグレンマレイがボトリングしてくれることになったようだ。
「良かったら部屋にボトルごと持っていっていいわよ」と奥様。
ということで寝る前に部屋でもいただいた。
スコットランド11日目
そして、朝になり起床。朝もロジーマスの海を見ながらスコッチを。
目の前にはこれからラウンドするコースと海が見える。旅に出ると素敵な景色をつまみにして飲みたくなってしまう。
そして朝食はマレイGCのキャプテンが作ってくれた。スモークサーモンとスクランブルエッグ。




これからマレイゴルフクラブをキャプテンと一緒にラウンドする。
新旧、二人の全英オープン覇者の足跡をたどることができるリンクス
スコットランドゴルフ旅の第14ラウンドはマレイゴルフクラブ・オールドコース。
開場は1889年。
マレイゴルフクラブはオールドコースとニューコースがあり、オールドコースはトム・モリスが設計。ニューコースは全英オープンを三回制覇したヘンリー・コットンが1979年に設計。
オールドコースはヘンリー・コットンが改造もしたことがあるようだ。
もちろんトム・モリスも全英オープン覇者(4回)。
マレイゴルフクラブは、新旧の全英オープンのチャンピオンの足跡をたどることができるリンクス。


マレイGCのキャプテンとのラウンド中、コースのことやクラブの歴史。全英覇者のヘンリー・コットンを招聘して改造と新コース設計を依頼した話など自分のクラブに誇り思って紹介してくれる姿を見て感動した。


マレイゴルフクラブでのラウンドを終えてクラブハウスでランチを食べながら軽くいっぱいやることに。棚の上にはスペイサイドのスコッチがいろいろと並んでいた。
まずは、グレンマレイがマレイゴルフクラブのためにボトリングしてくれたクラブモルトで乾杯。
数杯、スペイサイドのモルトをいただいた。更にお土産にクラブモルトのスコッチまでいただけた。
素晴しいコースに素晴らしいスコッチ、そして素晴らしいもてなし、本当にありがとうございました。
昼からはインヴァネスの東にある2009年に開場した新しいリンクスのキャッスルスチュアートをラウンドする。
スコットランドの名門スチュアート家の城があるリンクス
スコットランドゴルフ旅の第15ラウンドはキャッスルスチュアートゴルフリンクス。
2009年に開場されたばかりの新しいリンクス。設計はマーク・パーシネンとギル・ハンス。
マーク・パーシネンは2000年に開場されたキングスバーンゴルフリンクスの設計(カイル・フィリップスとの共作)で有名になった人物。
そしてギル・ハンスはリオオリンピックのゴルフコースの設計者。東京ゴルフ倶楽部のグリーン周りの改造も担当した人物。
米国ゴルフマガジン社が発表しているTop 100 Course in the Worldに2011年から最新の2023年までランクインしている。最高位は56位(2011年)。


4番ホールのグリーン奥にはゴルフ場の名前の由来のスチュアート城が見えた。
スチュアート城はスコットランドを340年間統治してきたスチュアート家にゆかりのある城。
長い間、使用されていなかったが、現在は改装されてホテルになっている。


傾斜地を上手に活用してホール間に高低差を作りだし、広々とした印象を持たせる、工夫された新時代の名リンクスだった。
キャッスルスチュアートでのラウンドを終えてクラブハウスでランチを。
キャッスルスチュアートホームメイドバーガー、プライムスコッチビーフとスコティッシュ・マチュア・チェダーを使用したハンバーガー。チェダーチーズはイギリスの代表的なチーズで熟成度によってマイルド・マチュア・エクストラマチュアと区別されている。
そしてスープはスコットランドの伝統的なスープ「スコッチブロス」を。
大麦と野菜と羊の肉をコトコトと煮込んだスープだった。




今夜は6日前に宿泊したアーバインのB&Bにもう一度宿泊する。
アーバインまで200マイル。4時間弱の移動。
途中のパースの街のディーンズレストランで夕食を取ることにした。パースはセントアンドリュースより古いゴルフコースがあったのではないかとも言われている。
トマトとベーコンのスープとエスニック風にアレンジしたスコティッシュサーモン。
どちらも洗練されていて美味しかった。
そしてデザートはスコットランド名物で食べたかったクラナハンがあったのでオーダーしてみた。
オーツ麦にクランベリー、ヘザーハニー、スコッチウイスキーとスコットランドの名物に生クリームを混ぜたデザートでクランベリーが甘すぎず、長旅で疲れた体が求めている味だった。




スコットランドの食事は旅の始まりの時はあまり期待していなかったのだが、今のところほとんど外れがない。
お店のセレクションもよかったのかもしれないが、イギリスの食事が美味しくないというのはスコットランドには当てはまらないのかもしれない。
イングランドはフライトの乗り継ぎだけできちんとまだ訪れたことがないのでイングランドではどうなのだろうか?
なんとなくだが、スコットランドの女王メアリー・スチュアートがフランスに嫁ぎ、フランス王妃にもなったことなどフランス王朝とのつながりが強かったこともあり、食文化もフランスの影響を受けていたことも背景にあるのかもしれない。
これは、根拠のない想像なので、いつかイングランドを訪れた時に、食べ歩きをしながら考察してみたい。
食後は再び車を走らせアーバインのB&Bに到着したのは23時過ぎ。明日も2ラウンド。
7章.再び、エアシャー地方へ
スコットランド12日目
アーバインのB&B、ブレイドミードハウスに約1週間ぶりに戻ってきた。
前回のここでの朝食はスコティッシュブレックファストだったので今回はフレンチトーストとスクランブルエッグで軽めに。
イギリスの食パンはびっくりするぐらい薄い。アメリカやその他の西洋の国も日本の食パンより薄いが、それ以上にイギリスの食パンは薄い。
この理由は、カリカリの食感を好むという好みの問題もあるが、一番の理由はこのペラペラのトーストを皿代わりに使用するから。
イギリス人はこのトーストの上にジャムを塗ってパンではなくジャムを楽しむ。他には卵料理を乗せて食べたりしてパンだけを口に運ぶことはしない。つまり、食べることができるお皿という感じ。
今日は午前中はダンドナルドリンクス、昼からはロイヤルトルーンをラウンドする。
紀元前にあったドナルド要塞の近くに造られたリンクス
スコットランドゴルフ旅の第16ラウンドはダンドナルドリンクス。
2003年に開場。設計はキングスバーンズゴルフリンクス(2013年ゴルフマガジン社のTop 100 Course in the Worldで55位)を設計したカイル・フィリップス。
2013年ゴルフマガジン社のTop 100 Course in the Worldで89位にランキングされているロッホローモンドゴルフクラブと同じ会社がオーナー。


ダンドナルドのダンはケルト語で要塞という意味で、ドナルド要塞という意味。このコースの近くの丘の上に紀元前500~200年頃にあったドナルド要塞からつけられている。
そして、ダンドナルドの西側にはグラスゴーセントラル駅へと向かう鉄道が南北にまっすぐと続いている。
8日前にラウンドしたウエスタンゲイルズゴルフクラブはちょうどこの線路を挟んで海側の西にある。


ウエスタンゲイルズより少しだけ内陸なだけで地形の起伏が穏やかになり、ウエスタンゲイルズほど感動はしなかった。地形の大事さを改めて学べた。
午後からはロイヤルトルーンをラウンド予定。まずはロイヤルトルーンで昼食をとることにした。
来年の2016年(ラウンドしたのが2015年7月)に全英オープンが開催される。
レストランに続く通路にはいろんなものが展示されていた。




ラウンド中のゴルファーを眺めながらまずは一杯。
メニューの一番上にロイヤルトルーンズフェイマスフィッシュ&チップスがあるのでそれをオーダー。
シーフードチャウダーも一緒に。




ゴルフのスタートまで時間があるのでロイヤルトルーンGCの近くを散歩してみた。
トルーンの駅の近くにチューダー・ティールームというお茶ができそうなお店を発見。
せっかくなのでスコットランドのお菓子をいただくことに。ミリオネアショートブレッドをオーダー。
エンパイアビスケットというのも気になる。どちらもスコットランドのお菓子のようだ。
ショーケース左の白くて丸いビスケットがエンパイアビスケット。2枚のショートブレッドの間にジャムを挟んで上には砂糖でコーティングしたもの。
ミリオネアショートブレッドはショートブレッドにキャラメルとチョコレートをコーティングしていて、甘くて美味しかった。




そして、このスコットランドゴルフ旅で飲んでみたいアイアンブルー(IRN BRU)という炭酸飲料があった。
それがチューダーティールームのドリンク売場に陳列されていたので購入。
スコットランドで人気の炭酸飲料。コーラーやペプシより売れていて売り上げNo.1らしい。

蛍光オレンジの毒々しいカラーのドリンクを飲んでみた。最初の感想は不味くないけど美味しくもない。しかし飲み続けていると癖になる感じ。
IRN BRUは1901年に発売され、100年以上秘密のレシピで作られている。
成分を見てみるとQuinine(キニーネ)の表記が。キニーネとは南アフリカ原産の薬用の樹木のキナの皮から作られる成分で本物のトニックウォーターに入っている成分である。
この微妙な癖になる風味はキニーネが入っているから感じるのかもしれない。
これをトニックウォーター代わりにジンで割ってジンソニック(ソーダも加える)で飲むのも面白いはずだ。
そろそろスタートの時間なのでロイヤルトルーンGCに戻ることにする。
エリザベス2世が唯一ロイヤルを授与したリンクス
スコットランドゴルフ旅の第17ラウンドはロイヤルトルーンゴルフクラブ。
1878年にトルーンゴルフクラブとして5ホールで開場。
コースはオールドコースとポートランドコース(アリスター・マッケンジー設計)があるが、全英オープンが開催されるオールドコースをラウンド。
オールドコースは18ホールに拡張後、1909年に1883年の全英オープンの覇者、ウィリー・ファーニーが改造。
この時、ファーニーは有名な8番ホール、パー3のポステージスタンプを造りだした。その後、ジェームズ・ブレイドもコース改造を行った。
そして1978年の創立100周年に西海岸のゴルフの発展に寄与したことが認められ、西海岸では初のロイヤルの称号を得て、以降、ロイヤルトルーンゴルフクラブに。
現在のエリザベス2世が授与した唯一のロイヤルである。
米国ゴルフマガジン社が発表しているTop 100 Course in the Worldに初回の1983年から最新の2023年までずっとランクインしている。最高位は28位(1993年)。
6番、8番、11番ホールはThe 500 World’s Greatest Golf Holesに選出されている。


8番ホールのポステージスタンプはThe 500 World’s Greatest Golf Holesの500ホールの中から18ホール選ばれるThe Hardest to Putt Greens(パッティングが最も難しいホール)、The best Links Holes(ベストリンクス)、The Best Greensites in The World(グリーン周りが素晴らしいホール)にも選ばれている。
グリーンは縦長の狭いグリーンで、その形からポステージスタンプと名付けられた。グリーンの周りに配置されているバンカーにつかまると難度の高いバンカーショットを求められる。


11番ホールはThe Most Difficult Holes(最も難しいホール)、The Most Penals Holes(最も可罰なホール)、The Longest Holes(素晴らしい距離のあるホール)に選出されていて、距離がある上に右サイドは線路が続き、石垣ギリギリにコースがあるので、かなり難しく感じるホールだった。


ロイヤルトルーンはダイナミックな高低差があるのではなく、長い歴史の中で作られた微妙なアンジュレーションを楽しむ正統派リンクスで、コース内に気品が溢れる、まさにロイヤルの名にふさわしいリンクスだった。
ロイヤルトルーンでのラウンドを終えてすぐ南のプレストウィックの街のパークストーンホテルにチェックイン。
今日から2連泊。今回の旅の最後の宿になる。本当はプレストウィックのコースが見えるゴルフビューというB&Bに泊まりたかったのだがあいにく満室。
しかしこのホテルも食事が美味しくて良いホテルだった。
チェックインして少し休憩してホテルのレストランで夕食を取ることにした。
まずはマキュワンズ・レッド。マキュワンズの通常のエールビールより赤い色で香りもよかった。




食事はクリスプ・アラン・ハギス・テンプラ with ウイスキー&ペッパーソースをオーダー
ハギスを揚げてウイスキーと胡椒が効いたソースで味付けしていて赤ワインによく合う味付けだった。
そしてもう一皿。
Stir-fry Fillet of Pork served on a bed of Sauteed Vegetables and Egg Noodlesというメニューをオーダー。豚肉を野菜といためた中華風の味付けのヌードルだった。スコットランドのホテルで中華風の味付けは驚きだったが、これがかなり美味しかった。
いよいよ明日はこの旅の最終ラウンドのプレストウィックゴルフクラブをラウンド。
全英オープン発祥のリンクス
スコットランド13日目
スコットランドゴルフ旅の第18ラウンドはプレストウィックゴルフクラブ。
今回の旅の最後のラウンド。
開場は1851年。プレストウィックゴルフクラブはゴルフ場の近くにあったレッドライオンインのパブでゴルフ仲間が飲みながら創設が決められた。
そのパブのゴルフ仲間の中心メンバーのジェームス・フェアリー大佐が、当時のゴルフ文化の中心であったセントアンドリュースをホームコースにしている「ロイヤル&エンシェントゴルフクラブ・オブ・セントアンドリュース」とマッセルバラリンクスをホームコースにしていた「オナラブルカンパニー・オブ・エディンバラゴルファーズ」の2つのクラブに対抗できるクラブにするために、セントアンドリュースで活躍していたアラン・ロバートソンの弟子のトム・モリスを招聘してコース造りを任せた。
ちょうどトム・モリスはこの時、アラン・ロバートソンと思想の違いにより、関係が悪化していたので、新天地を求めてプレストウィックにやってきた。最初は12ホールでの開場だった。
そして、フェアリー大佐はプレストウィックの名声を高めるために当時の有名ゴルフクラブにクラブ対抗選手権の開催を呼びかけた。フェアリー大佐の呼びかけに応じたクラブが集まって大会は1857年7月に開催されたが、プレストウィックは当時は他のクラブから遠く、不便だと他のクラブからクレームが出て、開催コースはセントアンドリュースに決定。(この大会は全英アマチュア選手権に発展していく)
フェアリー大佐はそれでもプレストトウィックで大会を開催することを目指し続け、1860年にプレストウィックでプロゴルファーだけの選手権を開くことを決めた。この時の話し合いもレッドライオンインで行われていた。
ラウンド後にレッドライオンインで軽く一杯やろうと思う。
1860年に開催されたこの大会は前の年にプロゴルファー最強と言われていたアラン・ロバートソンが亡くなったのでその後を継ぐゴルファーを決める大会という位置づけで開催された。
フェアリー大佐としてはこの大会でトム・モリスに優勝してもらい、プレストウィックの名前を世に広げるというのが目的だったが、全参加者が6名のプロの中、トム・モリスは2位で優勝はマッセルバラのウィリー・パークだった。
そして第二回目以降は参加者を増やすためにアマチュアにも門戸を開き、第二回の大会は一年前の雪辱を果たし、トム・モリスが優勝。
この大会がThe Open(いわゆる全英オープン)の始まりになる。
最初はプレストウィックのみで開催されていたが、1873年以降はセントアンドリュース、マッセルバラとの持ち回り開催になり、その後、開催コースが少しずつ増えていき、現在に至る。プレストウィックでの全英オープンの開催は1925年の開催が最後で、全24回開催された。
オーストラリアからやってきている夫婦とジョイントしてのラウンド。
1番ホールはThe 500 World’s Greatest Golf HolesのThe One Hundred(ベスト100ホール)と500ホールの中から18ホール選ばれるThe Most Penals HolesとThe Best Short Par 4s(素晴らしい距離の短いパー4)に選ばれている。
距離が短いが右の低い塀のすぐ隣に線路が続くパー4。もちろん防球ネットなどない。
スタートホールでいきなりプレッシャーのあるホールなのが面白い。距離が短いのもあり、私はアイアンで無難にスタートした。
セカンドショットもグリーンのすぐ右が線路なのでスリルを楽しめた。


3番ホールは、右ドッグレッグのパー5でThe 500 World’s Greatest Golf HolesとThe Best Links Holesに選出されている。
セカンドショットは巨大なフェアウェイを分断しているカーディナルバンカー越え。


5番ホールのヒマラヤは206ヤードと距離があるパー3でしかも目の前に広がる小山はまさにヒマラヤのようでブラインドホールだった。


そして17番ホールはプレストウィックで楽しみにしていたホールの1つだったアルプス。
世界中でコピーされているアルプスホールのオリジナルがここ。
今まで廣野GC、オールドマクドナルドなどをラウンドしてきているのでオリジナルを見るのがとても楽しみにしていた。
グリーンは左サイドに見えるアルプス越え。


下の左の写真はコースの右サイド(16番ホール)からアルプスを見た風景。この写真の右下にグリーンがある。そして、グリーンの手前にはサハラと呼ばれている巨大バンカーが待ち構えていた。


プレストウィックは狭い敷地に共有フェアウェイなどで工夫してコースをぎゅっと詰め込んでいて、更に遊び心あるレイアウトで何度もラウンドしたくなるコースだった。簡単ではないが、手に負えないというコースでもない、ちょうどよい刺激と楽しさがあるコースだった。
最後に打ちのめされるようなコースではなく、最後がプレストウィックで本当に良かったと思う。
とにかく、愛らしい魅力のあるコースで私のお気に入りのコースの1つになった。
この2015年当時、米国ゴルフマガジン社のTop 100 Course in the Worldにプレストウィックはランクインしていなかったのが不思議だったが、2017年に初めてランクイン(100位)して、その後、どんどん評価が挙がっていき、最新の2023年では63位になっている。
お気に入りのコースの評価が高くなるのは嬉しいものだ。
スコットランド全18ラウンドが終了。
実は、旅の直前に転倒して足の怪我が完治しないまま旅がスタートした。最初は足を引き摺りながらのリンクス巡りだったが、なんとか最後の方は普通に歩けるようになり、無事に全ラウンドを終えることができてホッとした。
怪我の中で全ラウンド終了できた余韻に浸りながらプレストウィックのクラブハウスでランチ。
この時のビールは最高だった。ハギスボンボンとスキャンピタルタルをオーダー。
ハギスボンボンはハギスのフライにウイスキーとマスタードのソース添え。




スキャンピタルタルはソテーか茹でたエビのタルタルソース和えかなと思ったら、またまた海老の揚げ物だった。スコットランドでは、調理方法が書いてない場合はフライだと思っておくのが良さそうだ。
全英オープンのクラレットジャグとチャレンジベルトの歴史
ランチのその後、クラブハウス内を見学してみた。
2Fからは1番ホールを見下ろすことができ、上空からプレストウィックGCを見下ろした写真も展示されていた。
そして、クラレットジャグが展示されていた。さらに、クラレットジャグの下にはチャンピオンベルトのようなものも。

プレストウィックで全英オープンが開催された全24回の歴代のチャンピオンの名前を記しているボードには左にはチャンピオンベルト、右にはチャレンジトロフィーという項目に分けられていた。
実は全英オープンは最初は優勝者にはクラレットジャグではなくチャレンジベルト(このボードにはチャンピオンベルトと表記されているが、別の説明書きにはチャレンジベルトと記載されていた)が手渡されていた。
そしてこのベルトは3連覇した者が所有できるというルールがあった。
左の歴代チャンピオンの欄に1868年から1870年にトム・モリスJr.の名前が3年連続記入されている。つまり1870年にトム・モリスJr.が全米オープンを3連覇して、ベルトはトム・モリスJrの物になったのだ。
翌年から、ベルトに代わるものをプレストウィックは用意する必要があったが、財政難で自分たちだけで用意することができずにセントアンドリュースの「ロイヤル&エンシェント・ゴルフクラブ・オブ・セントアンドリュース」とマッセルバラリンクスの「オナラブルカンパニー・オブ・エディンバラゴルファーズ」に共催を持ちかけて協議を重ね、1871年は合意することができず開催を見送り、その翌年の1872年からプレストウィック、セントアンドリュース、マッセルバラリンクスの順で持ち回りで開催することになり、三者が費用を3等分して新たにクラレットジャグを用意したという歴史がある。
チャレンジベルトのデザイン画も展示されていた。

150年前は全英オープンの優勝者は腰にベルトを巻いていたのを想像すると、ボクシングみたいで面白いなと思っていて、ふと頭に浮かんだのが、このチャンピオンベルトってボクシングのチャンピオンベルトより古くて世界初のチャンピオンベルトじゃなんじゃないかと?
調べてみるとボクシングで団体が認定した最古のベルトはイギリスのナショナル・スポーティング・クラブが1909年に勝利者のウェールズ生まれのフレディ・ウェルシュ。
プロレスはもっと古く、1870年にアメリカのミシガン州で開催されたダイヤモンド・チャンピオンシップ・ベルトで優勝したジェームス・H・マクラフリンが記録に残っている最古のようだ。ボクシングよりプロレスのほうが古いのが意外だったが、全英オープンは1860年から開催されているので、世界最古のチャンピオンベルトはプレストウィックのチャレンジベルトの可能性は高そうだ。
全英オープンの開催が決定したパブ
スコットランド最後の夜は全英オープンが開催されることが話し合われていたパブのレッドライオンインで軽く一杯、飲むことにした。
プレストウィックゴルフクラブの創設もこのパブで飲みながら話をしていたという由緒あるパブだ。
次回の旅の目的地の候補、アイルランドに思いを馳せてギネスを一人で飲んでいたら、反対側のカウンターから私の名前を呼ぶ声が。。
今日、プレストウィックを一緒に回ったオーストラリア人夫婦もパブで飲んでいて偶然の再会。
一杯だけのつもりだったが、もう一杯。




二杯目は、同じくアイルランドのアイリッシュウイスキーのブッシュミルズをストレートで。
オーストラリア人夫婦と今日のゴルフや次のゴルフ旅の目的地について語り合った。
いよいよ来年はアイルランド。今から楽しみだ。
終章.旅を終えて
スコットランド14日目
13泊のスコットランドゴルフ旅も終わろうとしている。
荷造りを終えて後は翌日にグラスゴー空港経由でヒースロー空港から帰国するだけ。
そして翌朝。プレストウィックの駅に。
プレストウィックやウエスタンゲイルズのラウンド中に何度も通過するのを見ていたスコットレールに乗り、グラスゴーセントラル駅まで。グラスゴーセントラル駅からはタクシーでグラスゴー空港に。




空港に到着後、フライトまで時間があるので軽く飲みながら旅の事を振り返っていた。
スコットランドのクラフトビールメーカーのBrew DogのIPAで喉を潤した後、2杯めはカレドニアンミスト(フェイマスグラウスにアマレット、オレンジジュース、グレナデンシロップのカクテル)
ちなみにカレドニアンはスコットランドの古称だ。美味しいので帰国したら作ってみよう。
飲みながら思い返していたことは、
この旅でラウンドしたコースは次の18コース。
1.かつて現存する世界最古のゴルフコースと言われていたマッセルバラ
2.先日、スコティッシュオープンが開催されたガランNo.1
3.トム・ドーク設計のルネサンスクラブ
4.世界で最もコピーされているレダンホールがあるノースベリック
5.海と線路に挟まれたリンクスのウエスタンゲイルズ
6.歴史あるゴルフリゾート地のターンベリー
7.最果てのキンタイア半島の南西にあるマクリハニッシュ
8.バンドンデューンズを設計したデビッド・M・キッドが設計したマクリハニッシュデューンズ
9.2012年に開場し、2013年の世界TOP100の50位にランクインしたトランプインターナショナルゴルフリンクス・スコットランド
10.スコットランドで6番目にクラブが結成されたロイヤルアバディーン
11.丘の上の古城が見えてメモラビリティの高いクルーデンベイ
12.羊や牛が放牧されている牧歌的なリンクスのブローラ
13.ルーティングが素晴らしくタフで楽しめるロイヤルドーノッホ
14.ロジーマスの歴史ある名リンクスのマレイ
15.スコティッシュオープンが開催された新設リンクスのキャッスルスチュアート
16.カイル・フィリップス設計のダンドナルドリンクス
17.気品あふれるロイヤルの名にふさわしいロイヤルトルーン
18.全英オープン発祥の愛らしいコースのプレストウィック

どれもがよいコースだったが、その中でも何度もラウンドしたいと思ったコースは、ノースベリック、マクリハニッシュ、マクリハニッシュデューンズ、クルーデンベイ、ロイヤルドーノッホ、ロイヤルトルーン、プレストウィックの7コース。
どのコースも地形の自然な起伏を上手に活用した素晴しいリンクスだった。そして、ゴルフの歴史・スコットランドの食文化にも触れることができた充実したゴルフ旅になった。
次回、スコットランドに再び戻ってきたときには、セントアンドリュース、ミュアフィールド、カーヌスティとアイラ島のマクリーなどをラウンドしたいと思う。




























































































