ゴルフはなぜ18ホールなのか、ウイスキー説の裏にある本当の話

01.ゴルフの話題
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Yahooニュースで、ゴルフが18ホールになった理由はウイスキーにある、という趣旨の記事を見かけた。

寒いリンクスで体を温めるためにウイスキーを飲みながら回り、小瓶がちょうど18ホールで空になったから18ホールになった。いかにもスコットランドらしく、実に魅力的な話である。

ただ、この話は、ゴルフの発祥がスコットランドの羊飼いの石遊びから始まったという有名なお伽話と同じで、ロマンはあっても歴史的事実としてはかなり怪しい。面白い雑学として語る分には構わないが、ゴルフの歴史として書くなら、もう少しきちんと整理しておきたい。

結論から言えば、18ホールになった理由はウイスキーではない。起点にあるのは、セントアンドリュース・オールドコースのコース運営上の事情である。

セントアンドリュースでは、1764年まで11ホールを往復して22ホールのラウンドを行っていた。ところが最初の短い4ホールが短すぎると判断され、これを2ホールにまとめたことで、コース全体は10ホールに組み直された。そのうえで、両端の2ホールは1回ずつ、中間の8ホールは往復でプレーする形が採られたため、1ラウンドは18ホールになった。このとき生まれたのは現在のような18の独立したホールを持つコースではなく、まず「18ホールのラウンド」だったのである。

その後、1842年にはセントアンドリュースのルールで、1マッチは18ホールで行うことが明文化される。コースの形が完全に今の姿になる前に、まずラウンドの単位として18が制度化されたわけだ。

さらに、1857年までにオールドコースは、ホールの二重使用がない18ホールコースとして完成したとされている。この意味では、オールドコースは最古の18ホールコースということになる。

では、なぜセントアンドリュースの18ホールが世界標準になっていったのか。

ここも、ウイスキーよりはるかに現実的な話である。R&Aがゴルフ界で強い権威を持つようになり、セントアンドリュースがゴルフの聖地として見なされるようになるにつれて、そのラウンド構成が事実上の標準になっていった。1764年に18ホールのラウンドが生まれ、1842年にルール上固定され、19世紀後半になってようやく広く標準化していった、というのが実際の流れである。

全英オープンを見ても、それがよくわかる。第1回大会が行われた1860年のプレストウィックは当時、12ホールのコースで、大会は12ホールを3周する36ホール競技だった。ゴルフの聖地で18ホールのラウンドが成立してからかなり後の時代になっても、メジャー選手権ですら最初から18ホール制ではなかった。18ホールが当たり前になったのは、最初から普遍的な理想があったからではなく、長い時間をかけてセントアンドリュースの形が標準として広まっていったからだ。

こうして見ていくと、ウイスキー説は実によくできた話だと思う。寒風吹きすさぶリンクス、スコットランドの男たち、ポケットの小瓶。ゴルフというゲームのイメージにもよく合っている。だが、歴史的な裏付けとしては弱い。

ロマンのある話を否定したいわけではない。ゴルフにはこうしたお伽話がよく似合うし、そういう無駄話もまたこの競技の楽しさのひとつである。ただ、歴史として書くなら、18ホールは酔っ払いの思いつきで決まったのではない。セントアンドリュースという特定のコースで起きた実務的な変更が出発点となり、それがR&Aの権威とともに標準になっていった。

ひとつだけロマンを残しておくとすれば、1764年に22ホールだったセントアンドリュースの改造案も、寒いリンクスでウイスキーでも飲みながら話し合われ、「こことここをつなげて18ホールぐらいでちょうどいいんじゃないか」と、少し酔いの回った頭で決まったのかもしれない。そんな話くらいは、ゴルフの歴史に残しておいても良い気がする。

     

I’m a golf-a-holic man. ゴルフバカです。

ゴルフのためなら世界中どこでも行きます。食事とお酒も大好きな食いしん坊ゴルファー。

2026年現在、世界25か国・地域で日本国内約600コース、海外は約300コースをラウンド。ゴルフの腕前は平均スコア90前後のエンジョイゴルファー。

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