コルカタに一泊して、翌日。
夕方のフライトでデリーに戻る必要があり、観光できる時間は午前中しかなかった。そこで一か所じっくり選び、Victoria Memorial Hal(ビクトリア・メモリアルホール)へ行くことにした。
入口でチケットを購入。外国人料金は₹500。

ビクトリア女王が1901年に亡くなった後、記念碑的建造物として計画され、1921年に完成した。
英国式庭園を散歩するだけでも気持ちがいい。晴れていればもっと映えるのは分かるけど、曇りでも十分だった。


白いマクラナ大理石を用い、中央に高さ約56mのドーム、周囲に小ドームを配置している。
ドーム構造はタージ・マハルを意識した造りだという。

建物内には25のギャラリーがあり、王室肖像画、インドの歴史画、武具、絵画、珍しい書物など、多彩なコレクションを所蔵している。


銅像はロバート・クライヴ。クライヴは18世紀の東インド会社の軍人・行政官で初代ベンガル知事でもある。1757年のプラッシーの戦いでベンガルでの主導権を握り、イギリスによるベンガル支配の土台を築いた人物だ。


ホールの中央にあるヴィクトリア女王の彫像ホールが印象的だった。

女王碑の真下からドームを見上げると、完璧な円と対称が何層にも重なり、視線が吸い込まれていく。彫りの細かさとスケール感が同時に迫ってきて、しばらくその場に立って眺めていた。
この建築はゴシックではなく、インド・サラセン様式の要素が混ざっている。
インド・サラセン様式とは、イギリス統治期のインドで広まった折衷的な建築様式である。
西洋の古典建築を骨格としつつ、インドやイスラム建築の要素(ドーム、チャトリ、アーチ、繊細な装飾など)を取り入れて融合させた点が特徴。
植民地政府の建物や記念建造物に多く用いられ、帝国の権威と現地の意匠を同時に表現するためのデザインだった。

館内には “GREAT INDIAN REFORMERS(偉大なインドの改革者たち)” の展示もあり、コロニアルな記憶と、ポストコロニアルの記憶が、同じ建物の中で共存していた。


ビクトリア女王の記念碑だった空間が、独立後にインドの偉人たちの記憶を称える場へと意味合いが変わっていった。





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