日本の機械製氷発祥の地

[機械製氷発祥の地]

現在、横浜市中区山手町にある結婚式場「山手迎賓館」にはかつて製氷工場がありました。

建物の片隅に「機械製氷発祥の地」のプレートが設置されています。

1879年(明治12年)にイギリス人のアルバート・ウォートルスがこの場所に機械製氷会社「ジャパン・アイス・カンパニー」を設立。それ以前にも横浜、大阪、神戸で氷工場が造られたという話もありますが記録に残っていません。つまりこの地が「記録に残る日本最古の機会製氷工場」になります。

その2年後の1881年には、オランダ人のルドヴィクス・ストルネブリンクに経営権が移り、名前も「横浜アイス・ワークス」になり、長く経営されていました。創業時の建物は関東大震災でなくなりましたが、翌年には再建され、1999年までニチレイの子会社の工場として稼働していました。

幕末の頃はボストンで切り出された天然氷の「ボストン氷」が半年かけて船で輸入していたのでとても高額でした。牛乳や牛肉の販売をいち早く事業化していた 中川 嘉兵衛は、食品の保存のために氷が重要であることを知り、富士山麓や日光から天然氷を切り出して輸送を試みるも陸路では大きな氷を輸送できずに失敗。続いて、函館の五稜郭から船便での輸送に挑戦。何度かの失敗を繰り返し7度目の挑戦で 1869年に輸送に成功し、「函館氷」として販売。価格の差で「ボストン氷」が撤退し、氷事業で大儲けしました。

そんな「天然氷」が全盛時の1879年に創業した機械製氷会社の「人工氷」は最初は苦戦していました。値段は「天然氷」より安いのですが、「人工氷」は有害という迷信が邪魔していたのです。しかし、少しずつシェアを伸ばしていき、信用度も高まり、「天然氷」のシェアは1887年がピークでその後は下がっていき、1897年にはシェアが逆転し、「天然氷」は衰退していったのです。

しかし、近年の「かき氷ブーム」で「天然氷」が堅くて溶けにくく、削るときめ細かいという利点が見直されて再びニーズが高まってきているのは面白いですね。高くても良いものを求めるということは世の中が豊かになってきている証拠です。


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