兵庫県の宝塚ゴルフ倶楽部・旧コースをラウンドしてきました。
宝塚ゴルフ倶楽部は宝塚南口駅前に1926年(大正15年)に開業した宝塚ホテル内に囲碁・将棋・撞球・庭球・射的などの施設を揃えた社交クラブの宝塚倶楽部が設立され、その中のゴルフ部が前身。
そのゴルフ部のコースとして1926年10月に福井覚治が3ホール設計して開場。
翌1927年には広岡久右衛門が9ホールに拡張し、宝塚倶楽部から独立して宝塚カンツリー倶楽部と改称して新たにスタート。
1930年(昭和5年)には広岡久右衛門が更に18ホールに拡張。
この時に東京GC朝霞コース、廣野GCなどの設計で来日中のC・H・アリソンが視察して助言をしたらしい。
福井覚治は神戸ゴルフ倶楽部に次いで日本で二番目に造られた横屋コースで少年時代キャディをしてゴルフを覚えた。そして大正9年に舞子ゴルフクラブにキャディマスターを兼ねて採用されて日本のプロ第一号となった人物。
広岡久右衛門は茨木カンツリー倶楽部の創立メンバー。
宝塚ゴルフ倶楽部の設立には、関西のゴルフの黎明期に活躍していた人物が関係していました。
倶楽部のその後の歴史は、戦争に突入し、戦時中は日本海軍、戦後は米軍にコースを接収されていたのですが終戦後、1945年(昭和20年)には宝塚ゴルフ倶楽部と改称。
1947年(昭和22年)に2~6番ホールを新たに大谷光明が設計して1951年には米軍の接収解除という歴史を歩んできています。
その後、1958年には大橋剛吉設計で新コースが造成され、最初の18ホールは旧コースと呼ばれるようになり、西日本初の36ホールもつゴルフコースになりました。
(ちなみに日本初の36ホールは霞ヶ関カンツリー倶楽部。
霞ヶ関CCの記事はこちら「日本初の36ホール持つゴルフ場」)
ティーはレギュラーティーからティーオフ。
1番ホール 370ヤード パー4
やや右ドッグレッグのパー4
2番ホール 170ヤード パー3
谷越えのパー3
3番ホール 391ヤード パー4
ストレートなパー4
4番ホール 531ヤード パー5
緩やかなダウンスロープでストレートなパー5
5番ホール 550ヤード パー5
左ドッグレッグでセカンドショット以降グリーンに向かって打ち下していくパー5
6番ホール 150ヤード パー3
グリーン左手前に深いバンカーが配置されているパー3
7番ホール 368ヤード パー4
ティーショットは谷越えで右ドッグレッグのパー4
セカンドショットは打ち上げ。
8番ホール 175ヤード パー3
谷越えのパー3
9番ホール 340ヤード パー4
距離の短いストレートなパー4
グリーン正面にはバンカーが配置されています。
10番ホール 160ヤード パー3
グリーン奥が谷になっているパー3
11番ホール 300ヤード パー4
距離の短いパー4
12番ホール 155ヤード パー3 p>
グリーン左右に川が流れるぱー3
13番ホール 354ヤード パー4
打ち上げのパー4
14番ホール 505ヤード パー5
打ち上げのパー5
15番ホール 392ヤード パー4
打ち上げのパー4
グリーンからティーグラウンドを見下ろした風景
16番ホール 185ヤード パー3
やや打ちおろしのパー3
17番ホール 490ヤード パー5
打ち下しでやや左ドッグレッグのパー5
18番ホール 417ヤード パー4
右がOBで打ちおろしのパー4
旧コースはアウト・インともにパー3が3つあり、パー70のコースですが、6つのパー3とも変化に富み、他のホールも山並みの傾斜を巧みに活用していて飽きのこない素晴らしいコースでした。
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