バンコク最初の夜、歓楽街のタニヤ通りとパッポン通りを歩いてみた

29.散歩中の風景
29.散歩中の風景

バンコク最初の夜。
食事とバーを楽しんだあと、夜の街も少し歩いてみることにした。バンコク・シーロムにある二つの歓楽街に向かった。

まず向かったのはタニヤ通り

タニヤ通りは、シーロム通りとスリウォン通りの間にある細い通りだが、バンコクの日本人街文化を語るうえでは外せない場所である。始まりは1970年代後半から1980年代にかけてで、日本企業の駐在員が増えるのにあわせて、日本人向けの飲食店やカラオケバー、クラブが少しずつ増えていった。

そして1990年代から2000年代にかけて全盛期を迎える。日本語の看板が並び、日本人ママのいるクラブやキャバクラ、寿司店や居酒屋も集まり、「タニヤに行けば日本語が通じる」と言われるほどだった。バンコクにいながら銀座のように遊べる街として、“リトル銀座”とも呼ばれていた。

この通りの特徴は、ただ日本語が通じるだけではなく、おしぼり、カラオケ、指名制の接客など、日本のクラブ文化や接待文化がそのまま持ち込まれていたことにある。バンコクにいながら日本と同じ感覚で過ごせることが、日本人ビジネスマンにとって安心感につながっていたのだと思う。

ただ近年は、日本人駐在員の減少やコロナ禍の影響もあって、かつての勢いはなさそうだった。訪れたのが土曜日ということもあるのかもしれないが、寂れているというより、少し時代から取り残されたような印象を受けた。

続いて、すぐ近くにあるパッポン通りに行ってみた。

パッポン通りは、ベトナム戦争時代に米兵の休暇スポットとして発展した歓楽街で、Go-Goバーが並ぶ通りの上にネオンが輝いていて、その合間にナイトマーケットが開かれている。

ただ、自分の中にあったバンコクの歓楽街のイメージに比べると、さびれた印象を受けた。

女性たちも私が冷やかしで歩いているのをわかっているのか客引きは積極的ではない。

せっかくなので、ゴーゴーバーも一度は経験しておこうと思い、試しに入ってみた。
店に入ると、目の前のステージでは女性たちに加えて、いわゆるトランスジェンダーも混じっているのだろうか?気になる相手がいれば席に呼んで一緒に飲んだり、その後に店の外で時間を過ごしたりする仕組みのようだ。

ただ、この店だけの特徴なのか、あるいはこういう業態では普通なのかは分からないが、ダンスそのものにショーとしての華やかさや、客を強く惹きつけるエンタメ性があるわけではなかった。音楽に合わせて身体を揺らしている、というくらいの印象で、思っていたよりも淡々としていた。私は5分ほど雰囲気だけ味わってシンハービールを一気に飲み干して店を出た。ビールは確か120バーツぐらい(約600円)だった。

面白かったのは1本通りを変わるとその通りはDream BoyとかFresh Boyなどの看板が男性のショーのお店が並んでいたことだ。少し、面白そうだなと思ったがやめておいた。

実際に歩いてみて感じたのは、タニヤ通りとパッポン通りは、私がイメージしていた強烈なギラギラしていたイメージではなかった。昔はもっと賑やかだったのかもしれない。17年前に訪れていたらそのイメージ通りの街だったのだろうか?

この後、近くのバーで締めようと思う。

     

I’m a golf-a-holic man. ゴルフバカです。

ゴルフのためなら世界中どこでも行きます。食事とお酒も大好きな食いしん坊ゴルファー。

2026年現在、世界25か国・地域で日本国内約600コース、海外は約300コースをラウンド。ゴルフの腕前は平均スコア90前後のエンジョイゴルファー。

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