世界ゴルフ殿堂と日本プロゴルフ殿堂を比較して日本のゴルフ文化の遅れを再認識する

01.ゴルフの話題
01.ゴルフの話題

去年から当ブログのゴルフ旅の記事を紀行文としてまとめる作業を開始しています。

2013年にフロリダのTPCソーグラスにゴルフに行ったついでに世界ゴルフ殿堂も訪れました。

その時の記事をまとめ直していて、ふと思ったことがあります。

世界ゴルフ殿堂に殿堂入りしているのはプロゴルファーだけでなく、アマチュアゴルファー、ゴルフコース設計家、ゴルフジャーナリスト、ゴルフを愛して大会を主催した著名人などが殿堂入りしています。

一方、日本にも日本プロゴルフ殿堂というものがありますが、名前がプロゴルフ殿堂ということもあり、プロゴルファーしか、たたえられていないのは残念だなと。

ゴルフの発展は、華やかなトーナメントに出場しているプロゴルファーだけでなく、そのトーナメントを開催できる素晴らしいコースを創り出す資金を提供した実業家やコースを設計した設計家、そしてトーナメントを取材して大衆に報道してくれるライターやジャーナリスト達がいたからこそ発展してきました。

その先人達が歴史を積み上げてきてくれたことをたたえて文化として残していこうという意思

が世界ゴルフ殿堂にはあるのだと思います。

世界ゴルフ殿堂について

ここで世界ゴルフ殿堂の歴史をダイジェストでまとめます。

世界ゴルフ殿堂は1974年にパインハーストのリゾート内に当時、経営していたダイヤモンドヘッド社が立ち上げました。ダイヤモンドヘッド社はパインハーストを立ち上げたタフツ家から1971年に経営権を購入しました。

当時、ダイヤモンドヘッド社はパインハーストを「世界のゴルフの首都」として発展させようと考えていて、その計画の1つとして世界ゴルフ殿堂が立ち上げられたのです。

この最初の年の1974年には13人が殿堂入りしました。

全盛期だったビッグ3のパーマー二クラスプレーヤーはもちろんのこと、プロゴルフ界の父とも呼ばれたウォルター・ヘーゲン、1900年前後に活躍した3巨頭の一人のハリー・バードンなどが選出されましたが、この中に年間グランドスラムを達成し、マスターズを創り出したボビー・ジョーンズとアマチュアゴルファーの父とも呼ばれているフランシス・ウィメットの2人のアマチュアゴルファーも選出されたのです。

ボビー・ジョーンズのコーナー

翌年の1975年にはPGAのトーナメントディレクターや広報担当のフレッド・コーコラン、USGAのエグゼクティブディレクターやPGAツアーの初代コミッショナーを務めたジョゼフ・デイプレイヤーでない二人トム・モリス・ジュニアジョン・ヘンリー・テイラーという伝説級のゴルファーたちと一緒に選出されました。この年は8人選出されましたがプロゴルファーは3人のみの選出でした。

1983年に、ダイヤモンドヘッド社からPGAが世界ゴルフ殿堂の経営を引き継ぎました。その時にPGAにもPGAのゴルフ殿堂があり、LPGAにも1951年からの女子ゴルフ殿堂があったのを統合しました。

そして1998年に現在の場所のフロリダのセントオーガスティンに移転して現在に至ります。

コース設計で功績のある設計家のドナルド・ロス(1977年)、R・T・ジョーンズ(1987年)、アリスター・マッケンジー(2005年)、C・B・マクドナルド(2007年)、ピート・ダイ(2008年)、A・W・ティリングハースト(2015年)も殿堂入りしています。

他には非プレイヤーとしては、現在の「AT&Tペブルビーチナショナルプロアマ」の前身の「ビング・クロスビー・プロアマ」を主催した歌手・俳優のビング・クロスビー(1978年)、ボビー・ジョーンズと一緒にオーガスタナショナルとマスターズを創り出したクリフォード・ロバーツ(1978年)、ボブ・ホープクラシックを主催したコメディアンのボブ・ホープ(1983年)、PINGを立ち上げたクラブデザイナーのカースティン・ソルハイム(2001年)達も殿堂入りしています。

日本にも総合的なゴルフ殿堂を

ここで日本のゴルフ殿堂の話に戻します。

日本プロゴルフ殿堂は2010年に、日本プロゴルフ協会(PGA)、日本女子プロゴルフ協会(LPGA)、日本ゴルフツアー機構(JGTO)のプロゴルフの3団体が協力してプロゴルフの歴史に貢献し、名前を残した方をたたえるために設立された財団法人です。

世界ゴルフ殿堂は設立した1974年からプロ・アマ問わず、そしてプレイヤーに限らず、ゴルフ界に貢献してくれた人を殿堂入りしているので、2023年現在、日本は50年も遅れているわけです。

しかしこれは、世界ゴルフ殿堂は立ち上げ時にアマチュアの団体のUSGA、プロの団体のPGAでもなく、パインハーストを経営している1企業が始めた殿堂なのでプロ・アマ問わずに殿堂入りを選出できたわけです。

つまり、生い立ちが違うので、現状は仕方ないことだとは思います。

この遅れている日本のゴルフ文化を加速させるために、日本もJGAが参加して日本ゴルフ殿堂として、プロゴルファー以外にゴルフ文化の発展に貢献した人物も殿堂入りするようにしていくべきかなと感じました。

そして、JGAはJGAゴルフミュージアムという日本ゴルフ界に活躍貢献した先人たちをたたえるためのミュージアムを1983年に開館しています。これは日本一のゴルフ倶楽部と言われている廣野ゴルフ倶楽部の中に造られました。

廣野GCをラウンドするにはメンバーとの同伴が必要なので知り合いがいないとハードルが高いですが、ゴルフミュージアムは開館日であれば事前に連絡すれば誰でも入館できます。

とはいっても、気楽に行ける場所でもないです。

私は廣野をラウンド後に何度か中を見せていただことがありました。

そこにはアマチュアゴルファーで活躍した先人たち以外に井上誠一や上田治と言ったゴルフコース設計家たちの資料も展示されていました。

私は世界中を旅して、世界のゴルファーと交流して思うのは、やはり日本のゴルファーのゴルフ文化に対する意識レベルは低いなと感じています。

技術論・良いスコアを出すことばかり考えている人が多いです。

あ、私が下手くそだから僻んでいるわけじゃないですよ。。(笑)

これはメディアにも問題があります。ゴルフ雑誌にもスイング論・新しいギアの記事ばかり目立ち、歴史やコース理論などの記事はたまにしか見ません。

ブログをやっていてわかるのですが、昔は私のブログも新しいギアや練習についての記事をアップしていたことがあります。その方がPVが稼げるのです。アクセス数が数倍も違うこともありました。

しかしPVを稼ぐためだけ、発行部数を稼ぐためだけを考えていくと、欧米とのゴルフ文化の意識レベルの差が縮まることがありません。

もっと先人たちが築き上げた歴史・功績に敬意を表して、メディアもそういう記事を少しでも多く掲載してゴルファーに興味を持ってもらう必要があるのではないでしょうか。

日本にゴルフが伝わってきた1900年代の初期のころに活躍した大谷光明や赤星四郎たちがいたからこそ、今の日本のゴルフがあるわけです。

こういった人物を日本ゴルフ殿堂でたたえることにより、ゴルファーも日本のゴルフの歴史を知るきっかけになり、文化レベルが上がっていくのだと思います。

私はゴルフにハマって約15年。ブログも同じぐらいの年数です。一般的なゴルファーよりゴルフの歴史には詳しい方だとは思いますが、まだまだ勉強中の若輩者です。

その若輩者が、そう思うわけですから、日本プロゴルフ殿堂とJGAゴルフミュージアムの統合については、各団体が検討中であってほしいと願いながらこの記事を締めたいと思います。

芝鳥 のぶあま

I’m a golf-a-holic man. ゴルフバカです。

ゴルフのためなら世界中どこでも行きます。食事とお酒も大好きな食いしん坊ゴルファー。

2021年6月現在、日本国内約600コース、海外は約300コースをラウンドしているコースマニア。現在、世界中をゴルフ旅しています。ゴルフの腕前は平均スコア90前後のアベレージゴルファー。典型的なエンジョイゴルファーです。

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