パッタイの誕生と卵で包んだパッタイ・ホーカイの元祖店の話

[Thip Samai / ティップサマイ]
02.グルメ・食べ歩き
02.グルメ・食べ歩き

パッタイ(ผัดไทย)は、タイ語で「炒める」を意味する パット(ผัด) と、タイ(ไทย) を組み合わせた言葉で、直訳すれば「タイ風の炒め物」という意味になる。正式には クイティオ・パッ・タイ、つまり「米麺のタイ風炒め」の略称である。

この料理は、もともと自然に広まった家庭料理というより、1930年代後半から40年代、第2次世界大戦の頃に国の政策の中で広まった料理である。当時のタイでは洪水などの影響で米不足が問題になっており、首相のプレーク・ピブーンソンクラーム(ピブーン)は、粒の米ではなく米粉の麺を食べることを国民に勧めた。あわせて、タイらしい食文化を広める意味もあり、干し海老や豆腐、タマリンドなどを使った炒め麺が普及し、やがてそれが国民食パッタイとして定着していった。

また、この流れは1939年に国名が「シャム」から「タイ」に変わった時期とも重なっている。新しい国の名前を料理名に入れることで、国民意識を高める狙いもあったと言われている。そう考えると、パッタイはただの人気麺料理ではなく、時代背景や国の方針の中から生まれた、比較的新しい国民食でもある。

バンコクの民主記念塔近くにある Thip Samai (ティップサマイ)は、そんな時代の1945年に創業した老舗。

その象徴が、卵で包んだパッタイ・ホーカイである。1966年頃、サマイ夫人が考案したとされるこのスタイルは、薄く、しかも破れることのない繊細な卵焼きで麺を包み込むのが特徴だ。これには見た目の美しさだけでなく、麺が冷めにくく、屋台でも埃から守りやすいこと、さらに麺の食感やタマリンドの香りを閉じ込められることなど、いくつかの理由があったという。単なる飾りではなく、美しさと実用性の両方を備えた工夫だったのである。

最初にパッタイに添えられる生野菜が出てきた。一番奥はバナナの花で独特の歯ごたえと軽い渋みがあり、タイ料理では麺料理やカレーに添える定番。

実際に食べてみると、ティップサマイのパッタイが長く支持されてきた理由がよくわかる。

甘めで濃厚な味付けに、タマリンドの酸味と香ばしさが重なり、他の店のパッタイとはまた違う上品さがある。

そして何より重要なのは、一緒に出てきたもやし、ニラ、バナナの花と合わせて食べることだった。もやしの食感、ニラの香り、バナナの花のほろ苦さが加わることで、パッタイの味わいが一段と上がる。

せっかくバンコクで食べるなら、こうした歴史と工夫が詰まったこの一皿は一度は食べておくべきだと思った。

     

I’m a golf-a-holic man. ゴルフバカです。

ゴルフのためなら世界中どこでも行きます。食事とお酒も大好きな食いしん坊ゴルファー。

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