« »

佐賀ラーメンの源流の一休軒で修業した老舗のラーメン屋

02.グルメ・食べ歩き

[幸陽閣]

2018年8月11日 14:00

太良町で竹崎ガニを堪能した後は、佐賀市内に移動して佐賀ラーメンを食べることに。

佐賀ラーメンってあまり聞いたことがないのですが、きちんと流れがあります。

佐賀ラーメンの源流は一休軒というラーメン屋さん。本店はオーナーが高齢のために閉店して現在は暖簾分けした一休軒呉服元町店があります。

今回、訪れたのは、一休軒の流れを組む幸陽閣。

幸陽閣の店主の川上さんは今年で72歳。23歳の時、一休軒で働き、1974年に独立して幸陽軒を開店。

その後、人気店となり深夜の締めのラーメンとして佐賀市民に親しまれていたのですが、高齢のため深夜営業に耐えられずに2008年に惜しまれつつ閉店。

2か月後、ラーメンほど仕込みがいらない焼き肉屋を現在の場所に店名を幸陽閣として営業開始。

常連からの要望で結局、ラーメンも提供するようになり、両立は大変となり、ラーメンだけにメニューを戻したという面白い経緯があるラーメン屋さんです。

IMG_3903

佐賀ラーメンのルーツは久留米ラーメン。とんこつベースです。特徴は、生卵。

卵なしもありますが、卵が入るときは茹で卵ではなく生卵というのが特徴。

卵入りラーメンをオーダー。

IMG_3904

幸陽閣のラーメンは佐賀ラーメンの中ではパンチがあるほうらしいです。

IMG_3906

幸陽閣のラーメン、美味しくいただけました。

 

そして、先ほど、佐賀ラーメンのルーツは久留米ラーメンと書きましたが、佐賀ラーメンの源流の一休軒のルーツをたどると豚骨ラーメン発祥の店の久留米の南京千両にたどり着きます。

久留米で「南京千両」を立ち上げて初めて、豚骨ラーメンを提供したのが宮本時男。

そして白濁した豚骨スープを初めて提供したのが「三九」の杉野勝美。三九の店名の名付け親が宮本時男。

杉野は「三九」の営業を常連の四ヶ所日出光に譲り、小倉に移り、来々軒を開業。

(ここまでの経緯は「うどん・豚骨ラーメン・焼うどん発祥と福岡・熊本の寿司を巡るゴルフ旅」の来々軒と南京千両の記事に詳しくまとめています。)

 

ここからが、佐賀ラーメンの話。

四ヶ所は、福岡の八女や熊本の玉名でも「三九」を開業。その後、八女と玉名の営業は譲渡して故郷の佐賀に戻り、中華そば専門店三九を開業。

この佐賀の三九に一休軒の創業者の大串進が働いていたという流れになります。

(※一休軒の本店は2011年に閉店して、息子が広島に移転しています。)

 

全ての豚骨ラーメンは久留米に遡りますね。


« »


Comments

comments

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

« »