7章.再び、エアシャー地方へ
スコットランド12日目
アーバインのB&B、ブレイドミードハウスに約1週間ぶりに戻ってきた。
前回のここでの朝食はスコティッシュブレックファストだったので今回はフレンチトーストとスクランブルエッグで軽めに。
イギリスの食パンはびっくりするぐらい薄い。アメリカやその他の西洋の国も日本の食パンより薄いが、それ以上にイギリスの食パンは薄い。
この理由は、カリカリの食感を好むという好みの問題もあるが、一番の理由はこのペラペラのトーストを皿代わりに使用するから。
イギリス人はこのトーストの上にジャムを塗ってパンではなくジャムを楽しむ。他には卵料理を乗せて食べたりしてパンだけを口に運ぶことはしない。つまり、食べることができるお皿という感じ。
今日は午前中はダンドナルドリンクス、昼からはロイヤルトルーンをラウンドする。
紀元前にあったドナルド要塞の近くに造られたリンクス
スコットランドゴルフ旅の第16ラウンドはダンドナルドリンクス。
2003年に開場。設計はキングスバーンズゴルフリンクス(2013年ゴルフマガジン社のTop 100 Course in the Worldで55位)を設計したカイル・フィリップス。
2013年ゴルフマガジン社のTop 100 Course in the Worldで89位にランキングされているロッホローモンドゴルフクラブと同じ会社がオーナー。
ダンドナルドのダンはケルト語で要塞という意味で、ドナルド要塞という意味。このコースの近くの丘の上に紀元前500~200年頃にあったドナルド要塞からつけられている。
そして、ダンドナルドの西側にはグラスゴーセントラル駅へと向かう鉄道が南北にまっすぐと続いている。
8日前にラウンドしたウエスタンゲイルズゴルフクラブはちょうどこの線路を挟んで海側の西にある。
ウエスタンゲイルズより少しだけ内陸なだけで地形の起伏が穏やかになり、ウエスタンゲイルズほど感動はしなかった。地形の大事さを改めて学べた。
午後からはロイヤルトルーンをラウンド予定。まずはロイヤルトルーンで昼食をとることにした。
来年の2016年(ラウンドしたのが2015年7月)に全英オープンが開催される。
レストランに続く通路にはいろんなものが展示されていた。
ラウンド中のゴルファーを眺めながらまずは一杯。
メニューの一番上にロイヤルトルーンズフェイマスフィッシュ&チップスがあるのでそれをオーダー。
シーフードチャウダーも一緒に。
ゴルフのスタートまで時間があるのでロイヤルトルーンGCの近くを散歩してみた。
トルーンの駅の近くにチューダー・ティールームというお茶ができそうなお店を発見。
せっかくなのでスコットランドのお菓子をいただくことに。ミリオネアショートブレッドをオーダー。
エンパイアビスケットというのも気になる。どちらもスコットランドのお菓子のようだ。
ショーケース左の白くて丸いビスケットがエンパイアビスケット。2枚のショートブレッドの間にジャムを挟んで上には砂糖でコーティングしたもの。
ミリオネアショートブレッドはショートブレッドにキャラメルとチョコレートをコーティングしていて、甘くて美味しかった。
そして、このスコットランドゴルフ旅で飲んでみたいアイアンブルー(IRN BRU)という炭酸飲料があった。
それがチューダーティールームのドリンク売場に陳列されていたので購入。
スコットランドで人気の炭酸飲料。コーラーやペプシより売れていて売り上げNo.1らしい。
蛍光オレンジの毒々しいカラーのドリンクを飲んでみた。最初の感想は不味くないけど美味しくもない。しかし飲み続けていると癖になる感じ。
IRN BRUは1901年に発売され、100年以上秘密のレシピで作られている。
成分を見てみるとQuinine(キニーネ)の表記が。キニーネとは南アフリカ原産の薬用の樹木のキナの皮から作られる成分で本物のトニックウォーターに入っている成分である。
この微妙な癖になる風味はキニーネが入っているから感じるのかもしれない。
これをトニックウォーター代わりにジンで割ってジンソニック(ソーダも加える)で飲むのも面白いはずだ。
そろそろスタートの時間なのでロイヤルトルーンGCに戻ることにする。
エリザベス2世が唯一ロイヤルを授与したリンクス
スコットランドゴルフ旅の第17ラウンドはロイヤルトルーンゴルフクラブ。
1878年にトルーンゴルフクラブとして5ホールで開場。
コースはオールドコースとポートランドコース(アリスター・マッケンジー設計)があるが、全英オープンが開催されるオールドコースをラウンド。
オールドコースは18ホールに拡張後、1909年に1883年の全英オープンの覇者、ウィリー・ファーニーが改造。
この時、ファーニーは有名な8番ホール、パー3のポステージスタンプを造りだした。その後、ジェームズ・ブレイドもコース改造を行った。
そして1978年の創立100周年に西海岸のゴルフの発展に寄与したことが認められ、西海岸では初のロイヤルの称号を得て、以降、ロイヤルトルーンゴルフクラブに。
現在のエリザベス2世が授与した唯一のロイヤルである。
米国ゴルフマガジン社が発表しているTop 100 Course in the Worldに初回の1983年から最新の2023年までずっとランクインしている。最高位は28位(1993年)。
6番、8番、11番ホールはThe 500 World’s Greatest Golf Holesに選出されている。
8番ホールのポステージスタンプはThe 500 World’s Greatest Golf Holesの500ホールの中から18ホール選ばれるThe Hardest to Putt Greens(パッティングが最も難しいホール)、The best Links Holes(ベストリンクス)、The Best Greensites in The World(グリーン周りが素晴らしいホール)にも選ばれている。
グリーンは縦長の狭いグリーンで、その形からポステージスタンプと名付けられた。グリーンの周りに配置されているバンカーにつかまると難度の高いバンカーショットを求められる。
11番ホールはThe Most Difficult Holes(最も難しいホール)、The Most Penals Holes(最も可罰なホール)、The Longest Holes(素晴らしい距離のあるホール)に選出されていて、距離がある上に右サイドは線路が続き、石垣ギリギリにコースがあるので、かなり難しく感じるホールだった。
ロイヤルトルーンはダイナミックな高低差があるのではなく、長い歴史の中で作られた微妙なアンジュレーションを楽しむ正統派リンクスで、コース内に気品が溢れる、まさにロイヤルの名にふさわしいリンクスだった。
ロイヤルトルーンでのラウンドを終えてすぐ南のプレストウィックの街のパークストーンホテルにチェックイン。
今日から2連泊。今回の旅の最後の宿になる。本当はプレストウィックのコースが見えるゴルフビューというB&Bに泊まりたかったのだがあいにく満室。
しかしこのホテルも食事が美味しくて良いホテルだった。
チェックインして少し休憩してホテルのレストランで夕食を取ることにした。
まずはマキュワンズ・レッド。マキュワンズの通常のエールビールより赤い色で香りもよかった。
食事はクリスプ・アラン・ハギス・テンプラ with ウイスキー&ペッパーソースをオーダー
ハギスを揚げてウイスキーと胡椒が効いたソースで味付けしていて赤ワインによく合う味付けだった。
そしてもう一皿。
Stir-fry Fillet of Pork served on a bed of Sauteed Vegetables and Egg Noodlesというメニューをオーダー。豚肉を野菜といためた中華風の味付けのヌードルだった。スコットランドのホテルで中華風の味付けは驚きだったが、これがかなり美味しかった。
いよいよ明日はこの旅の最終ラウンドのプレストウィックゴルフクラブをラウンド。
全英オープン発祥のリンクス
スコットランド13日目
スコットランドゴルフ旅の第18ラウンドはプレストウィックゴルフクラブ。
今回の旅の最後のラウンド。
開場は1851年。プレストウィックゴルフクラブはゴルフ場の近くにあったレッドライオンインのパブでゴルフ仲間が飲みながら創設が決められた。
そのパブのゴルフ仲間の中心メンバーのジェームス・フェアリー大佐が、当時のゴルフ文化の中心であったセントアンドリュースをホームコースにしている「ロイヤル&エンシェントゴルフクラブ・オブ・セントアンドリュース」とマッセルバラリンクスをホームコースにしていた「オナラブルカンパニー・オブ・エディンバラゴルファーズ」の2つのクラブに対抗できるクラブにするために、セントアンドリュースで活躍していたアラン・ロバートソンの弟子のトム・モリスを招聘してコース造りを任せた。
ちょうどトム・モリスはこの時、アラン・ロバートソンと思想の違いにより、関係が悪化していたので、新天地を求めてプレストウィックにやってきた。最初は12ホールでの開場だった。
そして、フェアリー大佐はプレストウィックの名声を高めるために当時の有名ゴルフクラブにクラブ対抗選手権の開催を呼びかけた。フェアリー大佐の呼びかけに応じたクラブが集まって大会は1857年7月に開催されたが、プレストウィックは当時は他のクラブから遠く、不便だと他のクラブからクレームが出て、開催コースはセントアンドリュースに決定。(この大会は全英アマチュア選手権に発展していく)
フェアリー大佐はそれでもプレストトウィックで大会を開催することを目指し続け、1860年にプレストウィックでプロゴルファーだけの選手権を開くことを決めた。この時の話し合いもレッドライオンインで行われていた。
ラウンド後にレッドライオンインで軽く一杯やろうと思う。
1860年に開催されたこの大会は前の年にプロゴルファー最強と言われていたアラン・ロバートソンが亡くなったのでその後を継ぐゴルファーを決める大会という位置づけで開催された。
フェアリー大佐としてはこの大会でトム・モリスに優勝してもらい、プレストウィックの名前を世に広げるというのが目的だったが、全参加者が6名のプロの中、トム・モリスは2位で優勝はマッセルバラのウィリー・パークだった。
そして第二回目以降は参加者を増やすためにアマチュアにも門戸を開き、第二回の大会は一年前の雪辱を果たし、トム・モリスが優勝。
この大会がThe Open(いわゆる全英オープン)の始まりになる。
最初はプレストウィックのみで開催されていたが、1873年以降はセントアンドリュース、マッセルバラとの持ち回り開催になり、その後、開催コースが少しずつ増えていき、現在に至る。プレストウィックでの全英オープンの開催は1925年の開催が最後で、全24回開催された。
オーストラリアからやってきている夫婦とジョイントしてのラウンド。
1番ホールはThe 500 World’s Greatest Golf HolesのThe One Hundred(ベスト100ホール)と500ホールの中から18ホール選ばれるThe Most Penals HolesとThe Best Short Par 4s(素晴らしい距離の短いパー4)に選ばれている。
距離が短いが右の低い塀のすぐ隣に線路が続くパー4。もちろん防球ネットなどない。
スタートホールでいきなりプレッシャーのあるホールなのが面白い。距離が短いのもあり、私はアイアンで無難にスタートした。
セカンドショットもグリーンのすぐ右が線路なのでスリルを楽しめた。
3番ホールは、右ドッグレッグのパー5でThe 500 World’s Greatest Golf HolesとThe Best Links Holesに選出されている。
セカンドショットは巨大なフェアウェイを分断しているカーディナルバンカー越え。
5番ホールのヒマラヤは206ヤードと距離があるパー3でしかも目の前に広がる小山はまさにヒマラヤのようでブラインドホールだった。
そして17番ホールはプレストウィックで楽しみにしていたホールの1つだったアルプス。
世界中でコピーされているアルプスホールのオリジナルがここ。
今まで廣野GC、オールドマクドナルドなどをラウンドしてきているのでオリジナルを見るのがとても楽しみにしていた。
グリーンは左サイドに見えるアルプス越え。
下の左の写真はコースの右サイド(16番ホール)からアルプスを見た風景。この写真の右下にグリーンがある。そして、グリーンの手前にはサハラと呼ばれている巨大バンカーが待ち構えていた。
プレストウィックは狭い敷地に共有フェアウェイなどで工夫してコースをぎゅっと詰め込んでいて、更に遊び心あるレイアウトで何度もラウンドしたくなるコースだった。簡単ではないが、手に負えないというコースでもない、ちょうどよい刺激と楽しさがあるコースだった。
最後に打ちのめされるようなコースではなく、最後がプレストウィックで本当に良かったと思う。
とにかく、愛らしい魅力のあるコースで私のお気に入りのコースの1つになった。
この2015年当時、米国ゴルフマガジン社のTop 100 Course in the Worldにプレストウィックはランクインしていなかったのが不思議だったが、2017年に初めてランクイン(100位)して、その後、どんどん評価が挙がっていき、最新の2023年では63位になっている。
お気に入りのコースの評価が高くなるのは嬉しいものだ。
スコットランド全18ラウンドが終了。
実は、旅の直前に転倒して足の怪我が完治しないまま旅がスタートした。最初は足を引き摺りながらのリンクス巡りだったが、なんとか最後の方は普通に歩けるようになり、無事に全ラウンドを終えることができてホッとした。
怪我の中で全ラウンド終了できた余韻に浸りながらプレストウィックのクラブハウスでランチ。
この時のビールは最高だった。ハギスボンボンとスキャンピタルタルをオーダー。
ハギスボンボンはハギスのフライにウイスキーとマスタードのソース添え。
スキャンピタルタルはソテーか茹でたエビのタルタルソース和えかなと思ったら、またまた海老の揚げ物だった。スコットランドでは、調理方法が書いてない場合はフライだと思っておくのが良さそうだ。
全英オープンのクラレットジャグとチャレンジベルトの歴史
ランチのその後、クラブハウス内を見学してみた。
2Fからは1番ホールを見下ろすことができ、上空からプレストウィックGCを見下ろした写真も展示されていた。
そして、クラレットジャグが展示されていた。さらに、クラレットジャグの下にはチャンピオンベルトのようなものも。
プレストウィックで全英オープンが開催された全24回の歴代のチャンピオンの名前を記しているボードには左にはチャンピオンベルト、右にはチャレンジトロフィーという項目に分けられていた。
実は全英オープンは最初は優勝者にはクラレットジャグではなくチャレンジベルト(このボードにはチャンピオンベルトと表記されているが、別の説明書きにはチャレンジベルトと記載されていた)が手渡されていた。
そしてこのベルトは3連覇した者が所有できるというルールがあった。
左の歴代チャンピオンの欄に1868年から1870年にトム・モリスJr.の名前が3年連続記入されている。つまり1870年にトム・モリスJr.が全米オープンを3連覇して、ベルトはトム・モリスJrの物になったのだ。
翌年から、ベルトに代わるものをプレストウィックは用意する必要があったが、財政難で自分たちだけで用意することができずにセントアンドリュースの「ロイヤル&エンシェント・ゴルフクラブ・オブ・セントアンドリュース」とマッセルバラリンクスの「オナラブルカンパニー・オブ・エディンバラゴルファーズ」に共催を持ちかけて協議を重ね、1871年は合意することができず開催を見送り、その翌年の1872年からプレストウィック、セントアンドリュース、マッセルバラリンクスの順で持ち回りで開催することになり、三者が費用を3等分して新たにクラレットジャグを用意したという歴史がある。
チャレンジベルトのデザイン画も展示されていた。
150年前は全英オープンの優勝者は腰にベルトを巻いていたのを想像すると、ボクシングみたいで面白いなと思っていて、ふと頭に浮かんだのが、このチャンピオンベルトってボクシングのチャンピオンベルトより古くて世界初のチャンピオンベルトじゃなんじゃないかと?
調べてみるとボクシングで団体が認定した最古のベルトはイギリスのナショナル・スポーティング・クラブが1909年に勝利者のウェールズ生まれのフレディ・ウェルシュ。
プロレスはもっと古く、1870年にアメリカのミシガン州で開催されたダイヤモンド・チャンピオンシップ・ベルトで優勝したジェームス・H・マクラフリンが記録に残っている最古のようだ。ボクシングよりプロレスのほうが古いのが意外だったが、全英オープンは1860年から開催されているので、世界最古のチャンピオンベルトはプレストウィックのチャレンジベルトの可能性は高そうだ。
全英オープンの開催が決定したパブ
スコットランド最後の夜は全英オープンが開催されることが話し合われていたパブのレッドライオンインで軽く一杯、飲むことにした。
プレストウィックゴルフクラブの創設もこのパブで飲みながら話をしていたという由緒あるパブだ。
次回の旅の目的地の候補、アイルランドに思いを馳せてギネスを一人で飲んでいたら、反対側のカウンターから私の名前を呼ぶ声が。。
今日、プレストウィックを一緒に回ったオーストラリア人夫婦もパブで飲んでいて偶然の再会。
一杯だけのつもりだったが、もう一杯。
二杯目は、同じくアイルランドのアイリッシュウイスキーのブッシュミルズをストレートで。
オーストラリア人夫婦と今日のゴルフや次のゴルフ旅の目的地について語り合った。
いよいよ来年はアイルランド。今から楽しみだ。
終章.旅を終えて
スコットランド14日目
13泊のスコットランドゴルフ旅も終わろうとしている。
荷造りを終えて後は翌日にグラスゴー空港経由でヒースロー空港から帰国するだけ。
そして翌朝。プレストウィックの駅に。
プレストウィックやウエスタンゲイルズのラウンド中に何度も通過するのを見ていたスコットレールに乗り、グラスゴーセントラル駅まで。グラスゴーセントラル駅からはタクシーでグラスゴー空港に。
空港に到着後、フライトまで時間があるので軽く飲みながら旅の事を振り返っていた。
スコットランドのクラフトビールメーカーのBrew DogのIPAで喉を潤した後、2杯めはカレドニアンミスト(フェイマスグラウスにアマレット、オレンジジュース、グレナデンシロップのカクテル)
ちなみにカレドニアンはスコットランドの古称だ。美味しいので帰国したら作ってみよう。
飲みながら思い返していたことは、
この旅でラウンドしたコースは次の18コース。
1.かつて現存する世界最古のゴルフコースと言われていたマッセルバラ
2.先日、スコティッシュオープンが開催されたガランNo.1
3.トム・ドーク設計のルネサンスクラブ
4.世界で最もコピーされているレダンホールがあるノースベリック
5.海と線路に挟まれたリンクスのウエスタンゲイルズ
6.歴史あるゴルフリゾート地のターンベリー
7.最果てのキンタイア半島の南西にあるマクリハニッシュ
8.バンドンデューンズを設計したデビッド・M・キッドが設計したマクリハニッシュデューンズ
9.2012年に開場し、2013年の世界TOP100の50位にランクインしたトランプインターナショナルゴルフリンクス・スコットランド
10.スコットランドで6番目にクラブが結成されたロイヤルアバディーン
11.丘の上の古城が見えてメモラビリティの高いクルーデンベイ
12.羊や牛が放牧されている牧歌的なリンクスのブローラ
13.ルーティングが素晴らしくタフで楽しめるロイヤルドーノッホ
14.ロジーマスの歴史ある名リンクスのマレイ
15.スコティッシュオープンが開催された新設リンクスのキャッスルスチュアート
16.カイル・フィリップス設計のダンドナルドリンクス
17.気品あふれるロイヤルの名にふさわしいロイヤルトルーン
18.全英オープン発祥の愛らしいコースのプレストウィック
どれもがよいコースだったが、その中でも何度もラウンドしたいと思ったコースは、ノースベリック、マクリハニッシュ、マクリハニッシュデューンズ、クルーデンベイ、ロイヤルドーノッホ、ロイヤルトルーン、プレストウィックの7コース。
どのコースも地形の自然な起伏を上手に活用した素晴しいリンクスだった。そして、ゴルフの歴史・スコットランドの食文化にも触れることができた充実したゴルフ旅になった。
次回、スコットランドに再び戻ってきたときには、セントアンドリュース、ミュアフィールド、カーヌスティとアイラ島のマクリーなどをラウンドしたいと思う。